「オブジェクトへの道」

 グレアム・ハーマン「オブジェクトへの道」(『現代思想』2018年1月号収録)を読んだ。じつにコンパクトにまとめられている。

《 時間は、感覚的オブジェクトと感覚的性質とのあいだの緊張関係によって定義することができる。 》 121頁上段

《 空間は、実在的オブジェクトと感覚的性質とのあいだの緊張関係によって定義することができる。 》 121頁上段

《 形相は、経験内の感覚的オブジェクトと、退隠する不可欠な性質──直面することはできず、ただほのめかすことしかできない性質──とのあいだの緊張関係である。  》 121頁下段

《 本質とは、実在的事物と実在的性質とのあいだの緊張関係である。 》 121頁下段

《 いずれにせよ、このようにして実在的オブジェクト[知覚主体]と感覚的オブジェクト[知覚像]は、第三のオブジェクト[志向的関係]の内部で接触するのだが、 ここで補足しておくべき点は、この接触こそが、わたしたちの求めている直接的な接触であるということだ。 》 123頁上段

《 わたしの立場からすれば、感覚的なものは、どれほどおおくの影響をおよぼそうとも、けっして実在的ではないのだ。 》 125頁下段

《 そもそもわたしたちのイメージが、なにかと「一致する」ことなどないのだ。暗闇へと退隠する実在的オブジェクトに対して、なんらかの同型的な類似性をもつこと はできない。すべては虚構である。あるいは、ラトゥールのことばをもちいれば、すべては翻訳である。このことを理解するためには、木についての科学的概念がいかに すぐれていたとしても、その概念はけっして木そのものではないことを考えればよい。 》 125頁下段〜126頁上段

 飯森元章の「訳者解題」には2018年に『芸術とオブジェクト』が出版されるという。もう出たのだろう。翻訳は?

 ネット、うろうろ。

《 〈オブジェクト指向存在論〉最速入門01:対象とは? 》 note
 https://note.mu/motoaki_iimori/n/nd70723860a7a

《 第160回直木賞 真藤順丈さん『宝島』が受賞 》 文春オンライン
 http://bunshun.jp/articles/-/10402

 『地図男』は読んだけど、印象に残らなかった。『庵堂三兄弟の聖職』角川書店2008年はもっているけど未読。名前も忘れていたわあ。

《 横田順彌さんがお亡くなりになったとのこと。合掌。若いころに二人で今日泊亜蘭さんのお引っ越しの手伝いをしたことがあった。 横田さんは今日泊さんの蔵書に目を光らせ今日泊さんはそれを牽制し、お二人ともまったく働かない。おかげで孤軍奮闘させられ、お二人から「きみはよく働くな」 と褒められた。 》 山田正紀
 https://twitter.com/anaryusisu/status/1085267241296289792

 横田順彌今日泊亜蘭。二人の本はもっているけど、未読。

《  私はJOCの会長だが、
  ハンコ押してるだけで
  決定過程には関わってない!
  by #竹田恒和

  私は都知事だったが
  東京ガス工場跡地の買収には
  ハンコ押しただけで知らない!
  by #石原慎太郎

  私は国家戦略特区の長だが
  加計学園だということは
  直前まで知らなかった!
  by #安倍晋三

  #ダサすぎる男たち 》 YOKO
 https://twitter.com/granamoryoko18/status/1085046233960337408

《 商品の汎地球化としてのグローバリズムには商品の外部がないため、現実は、政治から思想、文学、芸術その他の何であれ、どこもかしこも商品のゴミの山となり、 人間はゴミ掃除に明け暮れるしかないのが現実だ。しかしゴミを捨てる場がなく、何処をゴミ屋敷にするかが国際政治の問題となっている。 》 千坂恭二
 https://twitter.com/Chisaka_Kyoji/status/1085067655759851520

《 グローバルな資本主義においては、批評などという行為は可能なのか。批評は、商品に覆われた現実におけるイロニーの場において可能となるのだが、 グローバルな資本主義に、そんな場はあるのか。ないとすれば、批評は全て、そう全て、批評の表情をしているが、実態は現実の太鼓持ちにすぎない。 》 千坂恭二
 https://twitter.com/Chisaka_Kyoji/status/1085072016217038848

《 「綺麗なモノは美しくない」って明言だよな。 》 笹山直規
 https://twitter.com/negaDEATH666/status/1084792359110422529