ブックオフで角川文庫の寺山修司を手にしたのだけれど、巻末に差別的用語を著作権継承者との話し合いで書き換えたという旨の記述があったので棚に戻した。どんな言葉が該当するのか表記しておいてくれれば検討する余地があるものを、これでは表現の封殺だろう。パソコンで「きちがい」と打っても気違いは出てこない。差別語だからという理由だろう。だから「基地外」といった言い替えが出てくる。悪意ある言葉が生産される。外人が害人と書かれるように。凡人は危地に陥る。ああ機知外な。でも、歯医者を敗者と書くのはいいなあ。薬剤師会→やくざ医師会とかね。
機知に富むべき文章にコラムがある。手短な文に鮮やかな切り口と手さばきを見せるコラムには、でもなかなか出合えない。千載一遇な出合いもある。一昨日何気なく買った鮎川信夫「最後のコラム」。ど真ん中に来た(しかし、最初の変換が洗剤一隅とは)。
「福沢諭吉のラジカリズム」は昭和61年2月27日付の発表。福沢諭吉への偏見がはらりと落ちた。
「食わず嫌いの通念に反して、福沢の著書は猛烈に過激である。」
「文明進歩の敵として、旧来の権威に対する攻撃は、殊のほかすさまじく、儒学、神道、仏教、ヤソ教のことごとくを槍玉に挙げている。(略)しかも、それらが過去において一定の役割を担ったことを、充分に承知した上でのことである。」
「福沢の平等観、自由観が、いかに本物であり、徹底していたか、(略)禁止用語などひそかに作りながら恐々としている当今の『言論の自由』人とは、類が違う。」
ブックオフ長泉店で二冊。宮脇俊三「増補版 時刻表昭和史」角川書店1997年初版帯付、二階堂黎人「バラ迷宮」講談社文庫2000年初版、計210円。