古本/新宿

 昨夜、岡崎武志「古本生活読本」ちくま文庫を読み終えた。ふむ、ふーん、へえ〜、ほう。軽エッセイという印象。永井龍男に「紅茶の時間」という本(昭和29年)があるのを90頁で知る。私にとって「紅茶の時間」といえば東君平の詩集「紅茶の時間」サンリオだ。本の題名が同じというのはよくあって、北杜夫が短編「黄色い船」を書いたとき、室生犀星に同じ題の作品があって、権利継承者に伺ったという話を読んで、それから同題の本が気になった。同題、似た題はけっこうあって、ここでは記さないけど、それで一本の薀蓄エッセイができる。
 東君平「くんぺい魔法ばなし 小さなノート」サンリオ1990年は、月刊誌「詩とメルヘン」に連載された晩年の詩的散文が収録されている。雑誌で読んでとりわけ感銘を受けたのが「新宿」。冒頭二行。
   十九歳。
   身も心も腹も どん底の日々だった。

 新宿の街はずれで彼は見る。
   古びた外灯の錆びた鉄棒に 釘ででも書いた
   のだろう 下手な字で新宿と書いてあった。
   「しんじゅく‥‥‥か」

   この二度の呟きが ぼくの生き方を決めたと
   云ってもいい。

 そして結びの二行。
   それは 新宿の文字が しんじゆくと読めた
   からだ。

 「しんじゆく」には強調点がつけられている。「信じゆく」の言葉に大いに励まされた。