「化石」

 毎日新聞昨夕刊によると、あのフェルメールの名作「牛乳を注ぐ女」が、9月26日から国立新美術館で展示される。これが見られると、私のぜひ見たいフェルメール絵画は「デルフトの風景」だけになる。日本でこれほどにフェルメールの絵を観られるとは。大阪市立美術館東京都美術館……もう何点観ただろう。そのフェルメールよりも深い感銘を覚えたのが彼と同時代のフランス人画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールだ。西洋美術館で初めて観たこの人の絵は凄かった。絵画の底力を魅せつけられた。

 井上靖「化石」読了。約四十年ぶりの再読は感慨深いものがある。高校生の時に読んで、その静かな影響は今に及んでいることを改めて思う。そして今、五十五歳の主人公に自分を引き合わせ、その思考と生活の違いにも感慨深いものがある。主人公は中堅建設会社の社長。私自身は今は名ばかりの美術館を営んではいるが、その前は小さな店舗ではあったが、十人ほどの女性パート従業員を雇っていた。経営規模は雲泥の差があるけれども人心掌握の方法に違いはない。経営者はまず社員から信頼されねばならない。社員が居つかない事業所は早晩潰れる。そんなことをふと思い出した。
 それにしてもタフな小説だ。読んでよかった。

 春雨の中、午後のお散歩。ブックオフ長泉店では養老孟司死の壁」が並んでいる。手ぶらで出る。
「すぐそこに立ち塞がっている死の壁を見詰めながら、与えられている時間を、一日一日、片端しから消しゴムで消して行っただけのことである。」「化石」434頁
 どこからか花の香り。
「雨も美しいと思い、雨に濡れた街も、雨に濡れた緑の茂りも美しいと思った。」「化石」440頁