雑多な安古本

 紀田順一郎「古書街を歩く」新潮選書1979年を読んだ。
「古書の世界は数々のドラマに充ちている。」
 まさしくそのとおりだ。闊達明快な文章ですらすら進む。最初の章「即売展狂騒曲」から笑える。
「新宿のK百貨店がはじめて即売展を行ったのは一九七三年(昭和四十八年)一月十一日だった。」
「果して、十時開店と同時に奇声を発して雪崩れこんだマニアは、ニ、三の女店員をなぎ倒すやら、自分たちもツルツルに磨いた床に尻餅をつくやらの大混乱。首尾よくエレベーターに殺到した先頭の集団は、定員もなんのその、眼をつりあげて乗りこむや、エレベーターガールの背中に押しくらまんじゅうのようにすがりつく。これは他のところに入ると、奥に押しこめられてしまい、目的の階を出るとき、四、五秒の遅れをとることになるからだ。エレベーターガールは、当然悲鳴をあげる。それをかき消すように、『もう満員!』『ノン・ストップで七階へ直行』と口々にわめく。」
 それからの争奪戦も凄まじいものがあるが、これをもとにして小説「古書収集十番勝負」創元推理文庫の池袋京陽百貨店での古書を巡る狂乱描写ができたんだなあ。この場面、読むたびに笑ってしまう。それにしても、最近どっかで見たような、と思った。そう、テレビで見たデパートの福袋争奪戦だ。古本と福袋の違い(あと、男女の比率の違いか)だけだ。この光景を一度は現場で見てみたい。
 即売展には行ったことがあるけど、雑多な安古本を漁るのみ。今世紀はのんびりブックオフ通いで済ませている。よって雑多な105円の古本は溜まる一方。壁の本棚の背表紙と平積みされた本の背表紙を眺めているのがこの上ない知的(?)悦楽。
「とはいえ、読書人はいつも目先の必要性のある本ばかりを買っているのではない。むしろ、先先の楽しみに買っておこうという本が多い。」(「むかし安本、いま珍本」)
 私なんざ、ただ欲しくて買う。読むのは……。並んだ(積んだ)本を取り出してはぱらぱらとめくり、ちょっと読み、元に戻し、眺めているのが心地よい。それだけで充分。いやはや。