ポー「The Raven 」冒頭。
福永武彦訳「鴉」。
嘗てもの寂しい真夜中に、
日夏耿之介訳「大鴉」。
むかし荒涼たる夜半なりけり、
後半に繰り返し使われる字句「ネヴァモア Nevermore 」はどう訳されたか。
福永武彦訳。
鴉は答えた、『最早ない』
日夏耿之介訳。
大鴉(からす)いらへぬ「またとなけめ」
結び。
福永武彦訳。
逃れ出ることは──最早ない!
日夏耿之介訳。
得逸れむ便(よすが)だも、あなあわれ
──またとはなけめ
講談社文芸文庫「ポオ詩集│サロメ」の解説で窪田般彌は書いている。
「日夏耿之介にとって、エドガア・アラン・ポオは『久恋の詩客』であった。」
「『大鴉」はとりわけ訳者が重要視した一篇であった。」
彫心鏤骨の詩篇。息を呑む詩魂。日夏耿之介が大鴉と訳した時、既に帰趨は決していた。
後年出版された福永武彦訳詩集「象牙集」人文書院1979年でも「鴉」は同じ訳文だった。凝古体と口語体の埋めがたい溝。十代に愛読した松村達雄の訳では「またと忘れじ!」「またとあらじ」「またと去らじ」に「ネヴァモア」のルビ。ネヴァモアが胸中にこだました。ネヴァモア……。