昭和レトロな文体

「北は堂島川の川辺に、東は豊公神社の境内の薄白く埃をかぶった竹薮に、南は小さなコンクリート敷の中庭に面したこの社会部の部屋は、三方に背の高い硝子の開き窓をもってはいるが、外の明るい大気の光りは部屋の中央部までは充分入り込まず、その上周囲の白い塗料を用いたコンクリートの壁が、水気や手垢で薄汚くなっているため、昼間でさえときに、白い天井から下げられた大きい円形のすり硝子の傘のついた電燈を点さなければならぬほど薄暗く、小さな幾つもの枠をもった予算書や表面いかめしげにつくられた吏員服務規律や、いつも時勢外れを誇っていると言われる吏員給与令やその他、当人達がその名も知らぬ細々した色色の条文で縛られて魂の発条(ばね)を失ってしまっているような吏員達を収容して、次第にあの変に物柔らかで生気のない、無気力で奇怪な服従を唯一つの才能のように獲得している小役人として仕立て上げて行く場所には全く似つかわしいのである。」

 野間宏「青年の環」第一部第二章初めの部分、昭和十四年の大阪市役所の描写。これではあまりにも、なので同じ章の描写。

「ああ、哀れにも、うつうつと……(あの青いパンツにつつまれた柔らかい腰部を彼女は開いて……あの彼女の裸の体が彼を招いて……と急に、その開いた彼女の足が一年前彼の彼の体の下でつくった、かすかに紅を交えた白い肌の上に欲望の漂うている下半身の彎曲した姿態をとって彼を迎え、彼の肉に熱い息吹きをふきかける……)しかし、この二人の肉の間には、かつて二人の情欲の火が焼き焦がしたあつい記憶がはさまっている……」

 この文体のような五月雨だ。