幼児性・幼児的

 都筑道夫は「サタデイ・ナイト・ムービー」で映画「ミスター・グッドバー」について「ジューディス・ロスナーの原作小説は、とうに翻訳が出ているが、私は読んでいない。」私は早川書房から出た翻訳本は持っているが、読んではいない。 1978年3版のこの表紙には映画の一場面が使われている。都筑は書く。

「『未知との遭遇』や『スター・ウォーズ』を、幼児性の押しつけだといって、否定している批評家がいたけれども、いまや幼児人間は世界じゅうにはびこっていて、それを自覚しているものは映画をつくって大儲けをし、自覚しないものはこの映画の主人公のように、酒とセックスに走って死んでしまうのだという、そんな映画なのである、これは。」

 原作の翻訳者、小泉喜美子は「訳者あとがき」に記す。

「『事実だから迫力がある。小説はつくりものだからそらぞらしい。』
 などという幼児的見かたはもうやめにして、つくりものであるところの作品に注ぎこまれる作家の"感性と知性(ハーツ・アンド・マインズ)"のバランスの緊密度にこそ、迫力の有無を見出すのが小説本来の読みかたではないでしょうか──。」

 新宿の酒場で酔っ払い、階段でころんで頭を打って死んでしまった小泉喜美子さんの翻訳なので、「ミスター・グッドバーを探して」を亡くなった後、古本で買った。新聞で死去を知り、後日ご母堂を訪ねた。主の居なくなったマンションを案内され、棚に遺された蔵書から少しを形見分けにいただいた。こんな本。ボアローナルスジャック「魔性の眼」ハヤカワ・ミステリ1957年初版、同「すりかわった女」同1978年初版、シェリイ・スミス「逃げる男のバラード」同1963年初版、W・P・マッギヴァーン「囁く死体」同1957年初版、クレイグ・ライス「わが王国は霊柩車」同1965年初版、森茉莉「父の帽子」筑摩書房1979年5刷、窪田般彌「幻想の海辺」河出書房新社1972年初版。

 小泉喜美子さんとは電話(彼女からかかってくる)と手紙は遣り取りしたけれども、お目にかかったのはたった一度、銀座での何かのパーティで待ち合わせした時だけ。目の覚めるような素敵な青いドレスだった。私とは挨拶程度で、彼女は、 青木雨彦だと思う、紳士と出て行った。田舎者の私とはまるで違う世界に生きている都会の大人の女性だった。

 ブックオフ長泉店で二冊。青木雨彦「大人の会話」新潮文庫1984年初版、河野多恵子「後日の話」文春文庫2002年初版、計210円。「大人の会話」の解説は都筑道夫