時代は過ぎてゆく

 友だちからきょうが昨日触れた戸田ヒロコさんの誕生日と教えられる。私的問題に気をとられていて忘れてた! 早速電話。彼女の古い知人の元編集者で今は東京赤坂でバー・ですぺらを営んでいる渡辺一考氏が入院したと教えると驚いていた。昭和の時代、素晴らしく贅沢な本を世に送り出してきた人たちが次々に引退してしまった。手元に残るその遺産。

 1991年に始まった学研レモン文庫の森奈津子の「お嬢さま」シリーズはとっくに絶版。それが去年、エンターブレインからハードカバーの単行本で復刊された。その最初の一冊「お嬢さまとお呼び!」の「あとがき」。

「あなたのネタは五年早い。または十年早い。あるいは十五年早い。時代を先取りしすぎているから売れないのだ。前衛的すぎるのだ。/──と、これまで私は何度も言われてきました。」

 「お嬢さま」シリーズは文庫本からハードカバーへの出世だけど、新書からハードカバー本への出世もある。中井英夫「黒衣(くろご)の短歌史」潮新書1971年は「定本 黒衣の短歌史」としてワイズ出版から1993年に復刊された。その「復刊に際して」で木村捨録の死亡新聞記事で、木村が寺山修司中城ふみ子を世に送り出したとあって、当時の『短歌研究』編集長中井英夫は所詮黒衣だと自嘲している。「黒衣の短歌史」、「昭和二十八年〜二十九年」の章。

「かねてから、『君、もう少し強く個性を出して編集したらどうです。』と私にすすめていた木村捨録と打ち合わせて、新年度から奥付の編集人名義も中井英夫とすること、編集内容はまったく任せきりにするという約束を取り付け、次にこちらの総大将は木俣修しかないと勝手に決めて、早速相談にいった。(引用者:略)すなわち新人作品五十首募集の第一回(四月号)に中城ふみ子、第二回(十一月号)に寺山修司を特選としたのが、思いもかけぬ大きな反響をよんで、歌壇は一変して新風を待望するような風向きに変わったからである。」

 「黒衣の短歌史」潮新書の帯に吉行淳之介が推薦文を寄せている。

「『虚無への供物』のあと、しばらく沈黙していた中井英夫の近ごろの活躍が目立つ。しかし、この異才が短歌雑誌の編集に十二年間たずさわっていたときに、塚本邦雄・葛原妙子・春日井建・寺山修司中城ふみ子・浜田到といった異才を世に出したことは、あまり知られていない。」

 ブックオフ長泉店で二冊。美輪明宏「天声美語」講談社2000年初版帯付、伊井直行「濁った激流にかかる橋」講談社文芸文庫2007年初版、計210円。前者は貸した本が戻ってこないので買い直し。後者を来館した友だちに「いくらだと思う」と訊いたところ、「(400頁弱の文庫だから)680円」。じゃーん、「定価:本体1500円(税別)」「うそ」。