氷雨の晩秋

 昨夕、帰りがけにブックオフ長泉店で三冊。堀江敏幸「河岸忘日抄」新潮文庫2008年初版、同「おぱらばん」同2009年初版、連城三紀彦「顔のない肖像画」同1999年初版、計315円。三冊とも新潮文庫、紐の栞つき。堀江敏幸氏は、数年前の味戸ケイコ個展(東京)で謦咳に接したことがある。

 机上の夏目房之介「青春マンガ列伝」マガジンハウス1997年をつい手にとる。若かりし日々を思い出し、今と較べている自分に気づく。つらい日々、いいマンガに出合っていたなあ、という幸運を感じる。水木しげる「神変方丈記」、つげ義春山椒魚」、佐々木マキ「天国で見る夢」、林静一「赤色エレジー」、山上たつひこ「喜劇新思想大系」などは何度読み返したことか。何かを渇望していた。それが何かわからぬままに。その頃に戻りたいとはからっきし思わない。

《それにしても「青春」などという言葉を毛嫌いし、これまでほとんど使うことのなかった私が、かくも堂々と使ってしまうとは、人間かわればかわるものだ。だからといって今さら「青春」にこがれ、あの日に帰りたいなどと思っているわけでは全然ない。二度とごめんである。》

 同感同感。今もいいもの、いい人に昔以上に出会っている。うれしいことだ。昨晩は知人の娘さんから彼女の手作りのパンを頂いた。調理場にはオーブンが三台、全部稼動中。ま、うらやましい。そのパンで朝食。おいしい。朝、氷雨がぱらついたのでバスに乗る。車窓からの風景、見知らぬ場所を走っているような。200円の旅。旅心が湧く。

 古本屋ツアー・イン・ジャパン氏のきょうの書き込みは下北沢のいーはとーぼ。大学の同級生の店。彼とは夏目房之介が書いているような、いろんな思い出がある。大学近くの彼のアパートでジャニス・ジョプリンのLPアルバム「チープ・スリル」を知ったり。いろいろ。

 堀江敏幸「いつか王子駅で」新潮文庫を読んだ。極限まで精製された端正な文と長い文節、考え抜かれた構成。以下の引用はその特徴を指摘しているよう。

《美味にはちがいないけれど甘みと粘りが強すぎておかずの味を殺すこともある雪国産の米より淡白な関東圏の米を、それも新米よりパエリヤやリゾットにも順応性のある古米もしくは古々米のほうを好む》17頁

《それから三十分ほどしてできあがった咲ちゃんの「謹製」スープは、あれだけ煮込んだのにきれいに澄んでいて、薄味のバターライスとあわせると口中でほんのりそのバターが溶け出す、繊細でしっかりした味だった。》152頁

《なるほど「のりしろ」か。私に最も欠落しているのは、おそらく心の「のりしろ」だろう。他者のために、仲間のために、そして自分自身のために余白を取っておく気づかいと辛抱強さが私にはない。》159頁

 最後の引用、自分のことかと思った。