「奇想」とは何か

 山田風太郎『奇想小説集』講談社大衆文学館1995年初版を読んだ。奇想という言葉がまことに相応しい初期の短編集だ。奇想とは奇妙な想像、奇怪な想像の略ともいえる。題名からして奇妙奇天烈。「陰茎人」「蝋人」「自動射精機」などなど。「陰茎人」は鼻と男性器が入れ替わっている男の話。「蝋人」は《頭蓋骨も顔面骨も軟骨化してきた》女性の話。「自動射精機」は文字通りの機械の話。また「満員島」は性交防止器の話。これだけ読むと「まあ、お下劣な!」と顰蹙を買うこと間違いなし、だけれど、そこが山田風太郎、官能小説とはまるで違った作品に仕上がっている。ゆえに奇想小説。これらを読んで性欲を催す大人はいるかな? 年端も行かぬ子供はわからんけど。

 「満員島」では大群衆が決起する。そのスローガン。

《制慾法反対!/生殖器の独立を闘いとれ!/制慾帯を統一闘争でうちくだけ!》

 作品の多くが昭和二十年代のすさんだ世相を背景にしていることに気づく。戦争と敗戦の土壌からこそ生まれた奇想。山田風太郎の「奇想小説」は、あり得ないことから想像力を駆使して人と現実を望見(冒険)する、深甚な思考実験小説だ。凄い。でも、それが一気呵成に読ませる面白さを完備しているから、よくできた痛快娯楽小説としか思われないようだ。

 丸谷才一鹿島茂三浦雅士『文学全集を立ちあげる』文春文庫2010年でも山田風太郎は候補にあがる、が。

《鹿島 僕は山田風太郎司馬遼太郎を比較して、「警視庁草紙」のほうが上だ! ということを密かに言いたかったんだけど。》298頁

《鹿島 僕は山田風太郎を出したいんだけど。》300頁

《丸谷 みんな山田風太郎は「忍法帖」で知ったんだからね。じゃあ、水上勉かな。》300頁

 松本清張水上勉で一巻、山本周五郎司馬遼太郎で一巻ができ、山田風太郎は選外に。列外の人らしい。『KAWADE夢ムック 追悼特集 山田風太郎河出書房新社2001年から。

山田風太郎は、オーソドックスな文壇では、長いこと不当に軽視されてきた。》野口武彦

《いまだ「誰一人として山田風太郎の小説を批評する言葉を持っていない」と喝破した金井美恵子には十分な根拠がある。》長原豊

 ここに収録された平岡正明の文によると、四方田犬彦はこう書いている。

《わたしは実は、山田風太郎の小説は二十世紀の世界文学という大きな山脈でこそ、はじめて全体が理解できるものではないかという仮説を立てているのである。》

 新聞の拾いもの。先だって亡くなった往年の女優高峰秀子の逸話。

《 故高峰秀子さんは、最初その題名を聞いた時「まさか怪奇映画じゃなかろうか?」と思った。不朽の名作「二十四の瞳」である。》