世間と変人

 阿部謹也」『学問と「世間」』岩波新書2001年初版を読んだ。

《政治、経済、法制、教育その他の社会的基盤が西欧化され、近代化されているにもかかわらず、それらを運用する人間は旧来の「世間」の枠にとらわれているという構図である。》16頁

《わが国においては、個人は「世間」という枠の中に捉えられており、自由な個人とはいまだになっていないのである。そしてその事実に気づいていない個人が多いために、この問題点自体が十分に自覚されていないという深刻な問題もある。つまりわが国では多くの人々が、いまだにわが国の個人の観念がヨーロッパの個人の観念と同じだと思っているのである。》74頁

《日本語の挨拶に「今後ともよろしくお願いします」と「先日は有難うございました」という言葉があり、常に使われている。しかしこの二つの挨拶は欧米には存在しないのである。欧米の個人はそれぞれ自分の時間を生きており、その時の相手と常に同じ時間の中で暮らしているとは思っていない。しかし、日本人は「世間」という共通の時間の中ですべての人が行きていると考えているから、このような挨拶が生まれるのである。》105頁

《近代化のシステムは差別の不当性を明らかにはするが、なぜ差別が起こるのか、なぜ差別が今もなお残存しているのかを解明し得ないのである。》150-151頁

《自分と世間とは一体として意識されている。自分が落ちこぼれないように努力している反面で、「世間」の外に特定の対象を設定して、その対象に対して自分の優位を確認しようとする。それが被差別民である。「世間」の外にそのような対象を設定することによって、自分自身の恐れや不安を転嫁するのであり、「世間」に対する恐怖を和らげるのである。》152頁

《わが国では学問だけでなく、政治のあり方や社会のあり方すべてにわたって「世間」が深く関わっている。一人一人の人間の行動も「世間」の規制下にあり、全体としてわが国は「世間」というシステムの支配下にある。》158頁

 たしかに。ある部分が世間から外れている私は、世間から変人と言われているらしい。

 伊達直人から老人ホームへ贈られてもちょっと困るプレゼント。

《コンニャクゼリー

 わら人形

 百年日記

 焼酎「百年の孤独」》

 他にもあるけど、顰蹙を買うので。

 昨夕帰りがけにブックオフ長泉店で三冊。北森鴻『香菜里屋を知っていますか』講談社2007年初版、広瀬立成(たちしげ)『相対性理論の一世紀』新潮社2005年初版、竹村一人『アダマースの饗宴』文藝春秋2009年初版帯付、計315円。