山茶花

 今朝まで降った雨で、生垣のさざんかの花が大量に散る。この冬はよく咲いた。は、いいけど、道路いっぱいに赤い花びらが散らばっている。道路が乾いたお昼、せっせと掃く。これが火山灰でなくてよかった。

 エリ歌集『媚薬』北冬舎1997年を読んだ。

《 告げたくて確かめたくて向き合えば表面張力保てなくなる 》

《 鳴り出さぬ電話ひとつを身にもちて浅き眠りの渕を漕ぎゆく 》

《 指先をかすめて走りさる列車爪をたてたき衝動もあり 》

《 このところベルがならぬと想うころ媚薬のような手紙が届く 》

《 なにもない木立にきみとたたずめば滴の形に降る月明り 》

《 降る星をきらめく音にかえながら圧倒的にきみは語りぬ 》

《 密室に燃え広がる時間(とき)満ちて離ればなれの朝を忘れる 》

《 遠くから眺めるうちは優しくて近づけば光るナイフと変わる 》

《 幸せなふたりではなくうらぶれた道行をしてみたき港街 》

《 ひとりねの夜はアルゴー船に乗り離れた男(ひと)の真上できしむ 》

《 よりそいて命絶ちたし かなわざることと思えど心中を恋う 》

《 熱帯に逃避行してみたき人くずしたリズムのジャズに似て 》

 最後の短歌になぜかMAYAのラテン・ナンバー「マルチニークの女」を連想。水原エリと名乗っていた彼女の尾山台の自宅へ招かれたのは、彼女が十五歳の時。あれから三十年。往時茫々。