午前十一時、最初の来館者は女性。続いて来館されたご夫婦は、立て看板が目に留まって。効果あるんだ。それにしても来館者はほとんど女性。たくさん展示しているので、みなさん手に取りじっくりと品定め。迷うわなあ。
日本推理作家協会 編著「ミステリーの書き方」幻冬舎の「理想とする作品とその理由を教えてください」という質問で北森鴻が書いているとか。
《 泡坂妻夫先生『煙の殺意』、連城三紀彦先生『戻り川心中』。ミステリの基本は短篇だと思っています。その意味で両作は、今でも大切なお手本です。》
泡坂妻夫『煙の殺意』講談社1980年初版を久しぶりに再読。八つの短篇を収録。雑誌『幻影城』で読んで感銘を受けた「椛山訪雪図」は、直木賞候補だった気がする。謎解きの本格もの、倒叙もの、サスペンスもの、ユーモアもの、と多種多様な取り合わせ、どの一品もじつに巧み。あらためて脱帽。「狐の面」のこのくだりなど、美術鑑賞に通じる。
《 思うに、心が寛(ひろ)すぎたのでしょうな。感度のよすぎるフィルムと同じで、小さな光にも鋭く感光してしまう。そのため、普通の人のように目を開ければ眩しすぎるわけだ。努めて暗がりを選ぼうとする人生ということが、最近わしにも判るようになった。》
《「それなら、今見た空の色を出してみよ」
絵具を与えられた。絵具を合わせてゆくうちに、とんちんかんな色になりましてな。
「空には形もない、濃さに変化もない。それなのに同じ色が出せぬとは、空の色を見ていない証拠じゃ」》
「開橋式次第」より。
《「土牛(どうし)市長の奥さんは、亭主に一度も寝顔を見せたことがないと言うぞ。爪の垢でも貰って、煎じて飲んだらどうだ」
「そりゃあ寝顔は見せられないでしょうよ。彼女、ぶすだもの」》
《 彼の頭脳の中には、秋雨の中に蛇の目をさした、すらりとした和服姿の色白の美人が、物想いに水の流れを見ているといった妄想が、油虫の巣のように、根深いしみになっているのだろう。》
《 妻の春子がにこにことして出迎える。午前中とは比べものにならぬほど生き生きとした表情だ。
「まだ起きていたのか。もう遅いぞ」
「あなたお仕事でしょう。それなのに、先に休むわけにはゆきませんわ」
それなら、朝はどうなのだと言いたいところだ。》