「めぐらし屋」

 堀江敏幸『めぐらし屋』新潮文庫2010年初版を読んだ。めぐらし屋とは初耳。この小説では半分を過ぎたところで解明される。

《 いつのまにか、父はそういう束の間の隠れ家を斡旋してくれる人物としてまわりに認知されていった。なにしろひとを疑ったり見捨てたりできない性分なのだ。それが「めぐらし屋」のはじまりだった。》100頁

 早くに母を亡くしたアラフォーと思しき独身女性の日常が、別々に生活していて亡くなった父の遺したノートから明らかになってくる父の実像と人間関係を縦糸に、彼女の淡々とした感情を横糸に、肌理細やかに綴られてゆく。

《「とくに異常があるわけじゃありませんが、これだけ血圧が低いと、いろんな症状が出てくるはずです。年齢も考えて、そろそろ用心なさったほうがいいと思いますね。》57頁

 低血圧で虚弱体質の女性蕗子を主人公に据えた時点で、この小説は半分成功したようなものだ。人生をぐいぐい切り拓いてゆく女性とは真逆の引きの姿勢。解説で東直子が堀江の発言を紹介している。

《「日常は、地震計のように跳ねる大きな振幅ではなく、遠くから見ると直線に見えるほどの小さな浮き沈みで成り立っている。それは退屈に見えるかもしれないが、僕には退屈ではない」》

 東直子は《 ふと、高野文子さんの漫画『黄色い本』を思い出す。》と書いているが、私は高野文子の『るきさんちくま文庫を連想した。

《 堀江作品と高野作品は共通点があると思うのは私だけだろうか。》

 私がいる。

《 さらに余談として。俳人高柳重信氏の代表句集に『蕗子』があり、一人娘の名前も蕗子である。(引用者:略)そんな「蕗子」の存在が、この小説の着想に関係したのか、しなかったのか。》

 その句集から好きな句を一つ。

《  「月光」旅館

   開けても開けてもドアがある 》

 高柳の年譜を見て驚いた。1983年60歳で没。私が句集『山海集』冥草舎を購入した1976年には53歳だったとは。思いをめぐらし、わが六十年。

 ネットのうなずき? 松嶋菜々子が主演するドラマ『家政婦のミタ』(日本テレビ系、水曜22時〜)。

《「あまり演技力があるとはいえない松嶋さんに、あの無表情の家政婦役というのも、作り手の計算高さを感じます」》

 計算高さ、ねえ。