雪が降る

 雪の降りそうな曇天。雨。藤原伊織『雪が降る』講談社文庫2001年初版を読んだ。六篇収録。どれも上手い書き出しだ。一気に小説世界へ没入する。

《 人を殺した人間には、かつて一度しか会ったことはない。ちょうど四十歳というという年齢でひとり。》「台風」

《 どこかでなにかが鳴っている。》「雪が降る」

《 頭上には、輝く空以外なにもない。むせかえるようなにおいだけが鼻をつく。》「銀の塩」

《 「わたしはね、人魚なのよ」彼女はそういった。》「トマト」

《 まだ未明の通りには人影がない。》「紅(くれない)の樹」

《 両腕に抱えた箱は重かった。こいつがいちばんバカげているな。》「ダリアの夏」

 上手い小説だ。巧みな小説はいくらでもあるが、上手い小説はさほどあるわけではない。漢字とひらがなを見事に遣い分けている。引用した「台風」では、「一度」「四十歳」と漢字を遣って、一人ではなく「ひとり」。この小説集では「言う」はなく、「いう」。些細なことへの目配りの効いた文章が、読者にあるかもしれない(あったらいいな)小説世界を堪能させる。それにしても、女性たちのなんと魅力的なことか。

《 二十年の歳月。それは彼女にわずかな痕跡しかもたらしてはいなかった。奇跡を見るような思いがあった。あのころ、夏の陽射しで濃い影をつくった長い睫毛。それはそっくりそのままだった。唇をわずかに開き、その表情はあどけなくさえみえる。目尻にいくらか細い皺が彫りこまれてはいるが、それはしっとりした落ちつきさえ与えたようにも思える。いつかの妖精がそこにいた。手をのばすまでもないところにいる。》「雪が降る」

 もう一箇所、そこは黒川博行が解説で引用し、書いている。《 ここがいい。めちゃくちゃいい。》。

 ネットの拾いもの。

《 なぜ美人はいつもつまらぬ男と結婚するのだろう。

  賢い男は美人と結婚しないからだ。 》