3月 5日(月) 休館日

 雨なのでのんびり寝ていたら、午前十一時。起きた。

 藤原伊織『ダナエ』文藝春秋2007年初版を読んだ。亡くなる五か月前に出た。三編を収録。昨日取り上げた『雪が降る』講談社文庫の解説で黒川博行が書いている。

《 イオリンは頭が良すぎたために芸大には行けず、東大に入って学生運動と麻雀にのめりこんだらしい。》

 藤原伊織は油彩画の心得があったようだ。

《 それに具象とか抽象を超えてるでしょう? 絵画で最初に評価を得たのは、ブルーのバリエーションが大胆なのに、鋭くて繊細で、人間の切なさが、面と線に溶けこんでいたからだと思う。作品の深いところを流れているもの。風景や静物さえも。そういうタッチで感情を表現できる画家なら、それは国際的に通用するんじゃないのかな。それにあれは、計算した技術じゃなくて、本能が描かせている。》「ダナエ」

 絵を描いている人間が書いた文章だと思う。この批評は、ピカソの青の時代の絵を想起させた。

《 貧しかった時代、彼女とふたりで暮らしたあの時代。この静物は、静物ではない。肖像なのだと思った。あの時代と生活の肖像なのだ。》「ダナエ」

 三編とも人生の機微を感じさせる。そして、ずっと昔の出来事が、歳月を経て今に深い影響を与えてくる。その経過をみると、彼が関わったらしい学生運動の経験が透けてくるような。それにどう関わったかは知らないが。