現象学

 ブックオフ長泉店で二冊。岡本太郎『沖縄文化論』中公文庫2006年12刷、ミステリー文学館・編『探偵小説の風景』光文社文庫2009年初版、計210円。岡本太郎は慧眼の士だったが、美術作品はつまらない。

 木田元現象学岩波新書1970年初版を読了。手をつけて四十年、幾度かの中断を経てやっと読了。永かった。以前同様、前半は手こずったが、後半はさほど滞ることなく進んだ。年の功か。

《 イデア的なもの、たとえば形式論理学的な諸原理、つまり思惟法則を経験的な自然法則と見ることによって、そうした思惟法則に従う自然主義の主張そのものがその真理性を主張しえないことになり、一種の自己否定に陥るということは、前章で見たフッサール心理主義批判からも明らかであろう。真善美といった価値や実践的規範を自然化しようとする実証主義プラグマティズムにも同様の背理がつきまとう。 》 40頁

《 それはよいのであるが、その存在論の実現に、二つの異なった思考動機がからみあっているように思えるのである。その一つは近代の理性主義を真っ向から否定しようとしたキルケゴールに由来するいわゆる実存的な思考動機であり、もう一つは、なんと言っても理性の復権を目ざすフッサール現象学的動機である。つまり、存在の意味を問うために、存在がみずからを開示する場面としての現存在を浄化するという企図が、一方では非本来的実存から本来的実存へという実存的決断に結びつけて考えられ、他方では自然的態度から現象学的態度へという現象学的還元の思想と結びつけて考えられているわけである。しかも、この両立不可能ではないかと思われる二つの立場が、ハイデガーのたぐいまれな精神的緊張のなかで、渾然と分かちがたく統一されている。 》 90-91頁

《 つまり、反省するということは、自分自身を外的諸条件による限定から救い出し、自分を自分で所有しなおそうとすることのはずなのであるが、そうして反省することにとってむしろ、自分自身の歴史への内属性をいっそう深く自覚することになるのである。 》 174頁

《 構造という概念は、人間がいかに脱自的なものであり、他方、社会的なものがいかに人間のうちに根ざしているかを教えることによって、われわれがいかに深く社会的・歴史的世界との回路のうちに入りこんでいるかを理解させてくれるものなのである。 》192頁

《 みずからの経験や知識に対する責任を免れようとして作り出された「客観的真理」の幻想を振り捨てた哲学は、こうして、「あらかじめ存在しているはずのある真理の反映ではなく、芸術とおなじくある真理の実現」ということになるであろう。といってもそれは、言うまでもなく、われわれが勝手気ままに意味を創造し付与しうるということではない。それは、おのれの経験の全体化をはかりながら、その全体的文脈のなかで個々の経験や知識が語らんとすることを語らしめようとする根気づよい努力なのである。 》201頁

 ネットの見聞。

《 MoMA、入館者数の増加に対応するため来年5月から週7日開館へ 。 》

 ネットの拾いもの。

《 電車内で見かけた成蹊大学の広告(演劇かなにか)「そそのかされて、大後悔時代。」 》

《 料理人になれなかった人が料理研究家を自称してる。 》