再読・ミステリー中毒

 ブックオフ長泉店で二冊。吉村達也『侵入者ゲーム』講談社1996年初版帯付、『尾崎翠集成(下)』ちくま文庫2002年初版、計210円。

 養老孟司『ミステリー中毒』双葉社2000年初版が平積になった本のてっぺんにあって、ふと手に取ったら、以前読んで貼ってあった付箋以外のところが面白い。すなわちミステリーの話題以外が今回は面白い。いくつかを。

《 じつは翻訳者である要件の一つは、日本語が達者なことである。(略)さらに文章の意味がわかっても、内容が十分に理解できるとは限らない。これがことばの、むずかしいところである。 》 157-158頁

《 私が正しいかどうか、そんなことは知らない。私は「一般的に正しい」ことを信ずる世代とは違う。だから私の戦いは、個人の戦いである。これは「主義」ではない。自分だけが持つものは、おそらく「主義」ではない。ただの「信念」ではないか。他人がそれを共有するか否か、それは最終的には問題にならない。他人の信念をのぞき見ることは不可能だからである。またまた、言ってもムダという気がしてきてしまった。 》 184-185頁

《 ものを学ぶというのは、時と所に応じて、目を素直に開けておくということである。 》 221頁

《 日本の学生だけを教えていると、ほとんど死者の国で教えているのではないかという気がしてくる。だからたいていの講義が、お経のようになってしまうのである。 》 222頁

《 いまはコンビニの弁当が余ると、そのまま生ゴミ工場に直結する状況である。つまり弁当の生産から生ゴミまでの工程のあいだで、その上前をわずかにはねて、食事をしている感じである。奇妙な世の中になった。 》 231頁

《 アメリカという国は、いままでが「前向き」過ぎたからである。日本の不景気と同じで、もういい加減に過去にも目を向けた方がいい。それが真の意味で未来を見ることに通じるのである。 》 235-236頁

《 自分で考えることを、なんとなく禁じるという風習は、日本の世間に作りつけになっているような気がする。そういうことは考えてはいけない。主題によっては、間違いなくそう決められている。主題自体は禁じられていなくても、ある点から先を考えてはいけないというのは、もっとふつうに見られる禁忌である。なぜ先を考えてはいけないのかと思うが、パンドラの箱を開けてしまうような気がするのであろう。 》 294頁

 ネットの見聞。

《 彼には2つの基本ルールがあった。1つは、立証責任は告発する側にあることを絶対に忘れないこと、そして2つ目は、危機に陥ったときは攻撃に転じろということだ。 》

 うーん、された心当たりが一つや二つはあるなあ。