ポール・デルヴォー

 風も強い雨雲が割れて青空がのぞいたお昼前、雲がにわかに千切れ、東へ東へぐんぐん流れていく。わ、速い。晴天そして春のような暖風。

 活字の読書を一休み、本棚からベルギーの画家ポール・デルヴォーの画集を取り出す。『骰子(さい)の7の目 5 ポール・デルヴォー河出書房新社1974年初版、それから展覧会の図録を三冊、「東京国立近代美術館毎日新聞社1975年、「伊勢丹美術館」(株)伊勢丹1978年、「伊勢丹美術館」1984朝日新聞社

 デルヴォーの絵に出合って四十年か。そのころ味戸ケイコさんの絵(『終末から』表紙)にも出合っている。日本と西欧、ずっと好きで惹かれる絵の双璧。味戸さんの絵には初恋の一目惚れ、デルヴォーの絵には官能の炎(ほむら)を。近いけれども届かぬ切ない心(味戸)、遠くて叶わぬ絶対の距離(デルボー)。まあ、1975年の近代美術館での本物との出合いでは、脳天から足元まで震撼した。絶世の美女がいる……。肌の美しい質感に仰天。これが油絵か。絶対距離の官能美に無条件でひれ伏した。

 吉田健一『ヨオロツパの世紀末』新潮社1970年初版を読んでいて、そこで紹介されていたボオドレエルの詩の一節からポール・デルヴォーを連想。

《  その蒼い頬に熱があり、この茶色の魔女は

   頸を曲げるにも高貴な風情がある。

   その女は狩りをする女のやうに背が高くてしなやかで

   その笑顔には静寂が、眼には自信が籠つてゐた。  》

 吉田は題名を書いていないが、詩は『悪の華』に収録されている「植民地の夫人に」(阿部良雄・訳)、「あるクレオールの貴婦人に」(安藤元雄・訳)。阿部、安藤の訳と読み較べて、いやはや、翻訳の難しさを実感。

《  その顔色は淡くて暖か。栗髪(くりげ)の魅惑の女(ひと)は

   その頸(うなじ)に、高貴にも気取った様子を見せる。  》 阿部良雄

《  その肌は白じろとあたたかく、栗いろの髪の魅惑のひとの

   うなじのあたり 上品に気取った様子が見える。  》 安藤元雄

 ブックオフ長泉店で二冊。ポール・デイヴィス『タイムマシンのつくりかた』草思社文庫2011年初版、ピーター・アントニイ『衣装戸棚の女』創元推理文庫1998年2刷、計210円。