花曇り〜花冷え

 昨日は夜も所用で外出。従姉妹の車に同乗、開通間もない立派な道路を通った。信号がないから運転が楽、と言う。山間の風景を高規格道路が貫く。巨大な橋桁で失われた美しい風景は記憶に残るのみ。ただ、夜の深い闇は変わらない。前方を照射する車光は深い闇に一瞬にして呑み込まれてゆく。

 ニーチェツァラトゥストラ』「第四部」から。

《 そのあいだにも夜の不思議は、ひしひしとかれらの胸にせまった。 》

《 「世界は深い。昼が考えたよりも深い」 》

 午後、雨が止んだので一枚重ね着、桜を訪ねて川を逍遥。人気の無いせせらぎの静けさのなか、打ち重なる満開の桜桜桜。ふっと異界へ拐われるよう。魔界降臨。

 この数日引っかかっている記事、内田樹「言語を学ぶことについて」から。

《 どちらも言語というものを舐めている。
  言語というのは「ちゃっちゃっと」手際よく習得すれば、労働市場における付加価値を高めてくれる技能の一種だと思っている。
  そこには私たちが母語によっておのれの身体と心と外部世界を分節し、母語によって私たちの価値観も美意識も宇宙観までも作り込まれており、外国語の習得によってはじめて「母語の檻」から抜け出すことができるという言語の底深さに対する畏怖の念がない。言葉は恐ろしいものだという怯えがない。 》