ぼくは散歩と雑学がすき

 植草甚一『ぼくは散歩と雑学がすき』がちくま文庫で出た。紀田順一郎がウェブサイトで取り上げている。

《 いわゆるオタクの先駆とみなされているが、資質的にもまったく別ものであることを知るべきだろう。植草はいまだに信頼すべき文化の水先案内人なのだ。 》

 本棚の奥から単行本の『ぼくは散歩と雑学がすき』晶文社1970年2刷を取り出す。四十年前は、彼の引用の多い文章に反発していた。今にして思えば、世間知らずな田舎の青二才が、饒舌で軽妙な都会人の未知の文体に激しい違和感を覚えたのだった。

 新宿厚生年金会館での前衛ジャズピアニスト、セシル・テイラーの日本初公演だったと思うが、小柄な植草甚一が観客席後部のドアからひょうひょうと入って来た。アメリカ国旗を洋服に仕立て直した格好で、観客が少し沸いた。かなわねえなあ。

 時は流れた。今こうして文庫になるとは、感慨深い。セックスなど、きわどいことをさらりと書いていてドッキリ。知らぬ間に時代に呑まれ後退したのかも。私が。帯文。

《 しなやかな現代感覚溢れる視線で文学を芸術を政治を風俗を独特の語り口で綴る植草甚一話題のエッセイ集 》

 このひょうひょうとした姿勢を貫くには、繊細なステップと眼光紙背の明察が求められる、と今なら思う。会話のような軽い語り口。だから大上段に構えた難しい言葉や漢字は使われない。僕ではなく、ぼく。散策ではなく、散歩。碩学ではなく、雑学。好きではなく、すき。

 「31 性的アイデンティティを失ったアメリカの若い男女が『ニュー・ピープル』と呼ばれるようになった」(『話の特集』昭和四四年十二月号)

《 現代のアメリカ女性は、職業の分野でも男を出しぬくようになってきた。(略)また亭主よりも収入が多い細君が全米に二三○万人いる。それでよく家庭争議が起るが、そんなときは離婚が一番いい解決策とされるようになった。 》

《 ある少女が親戚のおばさんに、こう訊いた。『おばさんは四度も結婚したそうね。最初は銀行家で、そのつぎが芝居のプロデューサー、三度めが牧師で、いま葬儀屋さんだけど、どうしてそんな結婚のしかたをしたの』 するとおばさんが答えて『最初はお金が目的で、二番めは芝居がたくさん見られるから。三番めは、そろそろ死ぬ支度をしなくてはならないと思ったからで四番めで気が楽になったわ』といった。 》

 「12 コンタクト・レンズにこんなのがあったのか バナナの皮の使いかたなんかも知らなかった」(『話の特集』昭和四三年三月号)

《 この作家のものでは、二年ほどまえだったか、「十一月の珊瑚礁」というのが一冊だけ訳されているが、 》

 そのロビン・モーム『十一月の珊瑚礁』新潮社1964年初版は、宇野亜喜良の装丁。

 その本を宇野亜喜良装丁本の山から探していて、ええ、こんな本を持ってたんだ、としばし中断。新書館フォア・レディース・シリーズは、寺山修司だけでも『ひとりぼっちのあなたに』『さよならの城』『はだしの恋歌』などなど可愛さ全開。手元にある最も古い本は、ピエール・クロソウスキー『ロベルトは今夜』河出書房新社1960年初版函付。

《 DEZIGN 田中一光  ILLUSTRATION 宇野亜喜良 》

 ステキな装丁。古本値は高くないし、ファンなら持っているべきだろう。次は読売新聞社社会部編『われらサラリーマン』読売新聞社1961年初版の1961年3刷。表紙はオフィス街の写真を使ったもので、絵はない。彼らしい絵は、植田敏郎『ビール世界地図』朝日麦酒株式会社。刊行の記述はないが、1961年の刊行と思われる。フランソワーズ・サガン『すばらしい雲』新潮社1962年、クロウハウゼン夫妻『完全なる女性』河出書房1966年、三島由紀夫『夜会服』集英社1967年、そして『ボードレール詩集』河出書房1967年の挿絵など、古さを感じさせないペン画。

 ネットの見聞。

《 わたしにとってのベスト3:『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』『ねじまき鳥クロニクル』『神の子どもはみな踊る』 ワースト3:『国境の南、太陽の西』『スプートニクの恋人』『アフターダーク』 》 豊崎由美

《 社会の中の人間は、まずは自分だけのリアルな内面世界を生きているのであるが、そこへ新たな情報が到来したときに、それを取り込んで、みずからのこれまでの記憶と照らし合わせ、自分の全体を内側から一気に作り直して新しい姿にしていくはたらきを持っているのである。そして内面世界を新しくした人間は、対話によって現実へと関与し、コミュニケーションの作動の中にふたたび織り込まれていく。そのダイナミズムを正確に捉えないかぎり、社会の行き先など読めるはずがないのである 》 森岡正博

 ネットの拾いもの。

《 「復讐するは我にあり佐木隆三、「復活するはわれにあり」山田正紀、「復活の日小松左京 》 生活 就活 婚活 終活