大阪圭吉作品ベスト

 『大阪圭吉作品集成』解説で森秀俊はパーソナル・ベスト5として、「デパートの絞刑史」「闖入者」「あやつり裁判」「寒の夜晴れ」「坑鬼」を挙げている。五篇とも『とむらい機関車』国書刊行会に収録。創元推理文庫では二冊に分かれている。私のベスト5は「三狂人」「気狂い機関車」「燈台鬼」など、違ったものになるだろう。どれも質が高い。好みで選ぶしかない。

 好みといえば、創元推理文庫二冊の表紙が好みではない。二冊を新刊で買ったが、読むまではなかなか行かなかった。表紙は顔だからねえ。

『大阪圭吉作品集成』収録の「香水紳士」に出ていた「大船のサンドウヰツチ」を買ったことがネットに書き込まれていたが、創元推理文庫でも読める「白妖」の舞台、箱根〜十国峠間の自動車専用有料道路(ドライヴィング・ペイ・ロード)に興味を惹かれた。

《 遙かに左手の下方にあたって、闇の中に火の粉のような一群の遠火が見える。多分、三島の町だろう。 》

 篤志家の車に乗せてもらって、場所を探してみたい。

 「あやつり裁判」の《 ちょっと「築地明石町」みたいな別嬪を見た時に、 》。日本画鏑木清方の代表作「築地明石町」のことだろう。1927年(昭和2)の作。「あやつり裁判」は1936年(昭和11)の発表。巷間に知れ渡った絵だったんだな。そういえば、「水族館異変」の茂田井武の挿絵、横たわる女性に、鏑木清方の「妖魚」1920年(大正9)を連想。こういう画像はネット検索ですぐ見られる。時代は変わった。

 ブックオフ長泉店で二冊。久世光彦『昭和人情馬鹿物語  コウ(日ヘンに廣)吉の恋』角川書店2004年初版帯付、辰巳芳子『いのちの食卓』マガジンハウス文庫2008年初版、計210円。前者は表紙に岩田専太郎美人画が使われている。情感あふれる昭和の女性。それに較べて創元推理文庫とむらい機関車』の表紙絵の車輪は……。収録エッセイ「停車場狂い」で大阪は書いている。

《 いったい私は、子供の頃から旅への憧れは強かった。いきおい、汽車とか停車場とかが好きになる。探偵小説を書いても「とむらい機関車」なぞというのが出来上がっりする。尤も子供の時に汽車や停車場の好きだった気持ちの中には、鉄道の持つメカニカルな美への単純な理解が、かなり含まれていた。 》

 これが蒸気機関車の絵? 駄目駄目。内容は良いから、贈呈用に文庫の二冊を古本で買ってはある。

 ネットの見聞。

《 熊野純彦訳『存在と時間』(岩波文庫)が出た。本年度最大注目の翻訳書であろう。残る問題は、はたして『存在と時間』という本が、世間に言われるほどの重大な本かどうか、というところでしょうな。魔術師ハイデガー最大の幻惑書であるが。 》 森岡正博

 熊野純彦といえば昔、『レヴィナス  移ろいゆくものへの視線』岩波書店1999年初版、『レヴィナス入門』ちくま新書1999年初版を読んで、深く感心したが。レヴィナスについては内田樹も研究しているが、鋭敏に研ぎ澄まされたひりひりする感性とあまりに深い思索に、私の凡庸なオツムでは理解が届かない。生きた現場の違いがあり過ぎ。

 手元にはブックオフで105円で入手した『エピステーメー II〔3〕 特集エマニュエル・レヴィナス朝日出版社1986年刊がある。内田樹によるレヴィナス「逃走について」の翻訳や、小林康夫によるハイデガー存在と時間』に関する論考も。小林康夫の文から。

《 だが、ハイデガーの存在としての現存在の問題圏とレヴィナスの《主体》の問題圏とは全く別のものであることは確かであろう。 》

《 ここではいったい何が言われているのだろうか。 》