食卓のない家/海市/化石……

 円地文子『食卓のない家』は、紀伊那智の滝で五十歳の管理職の男と女子大学院生の出会いから始る。福永武彦の長編小説『海市』は、伊豆半島の海岸で四十歳の大学助教授と二十代の人妻の出会いから始る。井上靖の長編小説『化石』は、フランスで五十五歳の中堅建設会社の社長と三十歳ほどの人妻の出会いから本編が始る。社会的地位のある中年〜初老の男が旅先で若い女性に出会い、恋情を募らせる。黄金のパターンだ。中里恒子の長編『時雨の記』も、妻ある初老の社長が、離婚して一人で暮す中年女性に身を焦がす。

 川端康成の長編『山の音』では、立派な会社の顧問だかをしている老人(私と同じ六十二歳だ)が、浮気をしている息子の誠実な嫁に惹かれる。何も起こらないが。

 男は女本体に惚れ、女は男の属性(社会的地位、財産)に惹かれる、という説がある。こういう小説を読むと、妙に納得させられた気になる。

《 たしかにそれはロマネスクであった。しかし、小説を地で行ったからと言って、ロマネスクだという逆説は成立たない。どういう世界の女であれ、女は小説的であると同時に常に、利己的であり、現実的であり、そのストーリーの土壇場では、いつでも非ロマネスクとなるものである。 》 船橋聖一『好きな女の胸飾り』

 船橋聖一の長編『好きな女の胸飾り』は、社長夫人と年下の若い男の不倫を描いたもの。その結末近く。

《 「わからない。教えて下さい。」
  「本当に私のして欲しいようにしてくれるの」
  「はい」
  「では、教えてあげるわ」
   そう言って、蒔子は喪服のような黒いスーツの胸の釦をゆっくりゆっくりはずし出した。真っ白な胸に、今日もまた、かそけき胸飾りの揺れるのを見た。 》 船橋聖一『好きな女の胸飾り』

《 「田口君、映画の寅さんじゃないが、男は辛いってとこだ」 》 円地文子『食卓のない家』

 それにしても、『食卓のない家』の主人公は鬼童子(きどうじ)信之、『化石』は一鬼太治平。すごい姓だ。ついでに発表(執筆)時の年齢を調べてみた。『食卓のない家』1979年74歳、『海市』1968年50歳、『化石』1965年58歳、『時雨の記』1977年68歳、『山の音』1954年55歳、『好きな女の胸飾り』1967年63歳。老年の性が当時話題になった伊藤整『変容』1968年は63歳。

 ネットの拾いもの。

《  芭蕉俳諧老人なのか。 》

 依頼され、午後NHKテレビの源兵衛川の取材に立ち会う。