「狂熱のデュエット」

 朝イチで斜向かいの床屋へ。源兵衛川をはさんで鰻の桜家。行列している客が川を見下ろしてびっくりしている表情が面白いと店主が言う。地元民にはどうってことのない川に感激するのを不思議がる地元民。毎日仰ぎ見る富士山を不思議に思わないのと同じ。先だって飛び込みできた客がこんないい所はない、と言っていたと。桜家にはきょうも撮影隊が来るとか。四月からは源兵衛川を中心にして三島の東西南北、郊外までの円形の範囲で新たな事業に取り組む。助成金も決まり、三島市のブランド化へ一歩前進。

 晴れて穏やかな風。自転車でブックオフ沼津南店へ。大倉崇裕『福部警部補の挨拶』東京創元社2006年初版、松浦理英子ナチュラル・ウーマン』トレヴィル1987年初版帯付、アリステア・マクラウド『冬の犬』新潮社2004年初版帯付、伴田良輔『奇妙な本棚』筑摩文庫2002年初版、計420円。『ナチュラル・ウーマン』は同じ本で既読だけれど、手持ちには帯がなかったので。

 河野典生(てんせい 1935-2012 )『狂熱のデュエット』角川文庫1973年初版を読んだ。1960年発表の「狂熱のデュエット」「腐ったオリーブ」、飛んで1969年の「グッバイ・タチカワ、グッバイ・ジム」、1970年「ブルース・マーチ」「ブルース・フィーリング」「パドック一九七○年」、1971年「マザー」「ブルースの魂」、1972年「ピットインでヤマシタ・トリオをディグしていると妙な話が浮かんできた」「生きながらブルースに葬られ」の十短編から成る。

 「グッバイ・タチカワ、グッバイ・ジム」、ベトナムの戦場から立川へ引き上げてきた大柄の黒人兵ジムの男気にシビレた。すぐ戦場に戻るという彼から身の上話を聞いた女性が言う。

《 理由はこうだっていうのよ。自分が一人抜ければ、一人別の前途ある黒人の若者が、戦場にとられる。自分は、戦場のベテランだから、死ぬ率も少ない。こうなのよ。そしてそれよりいやなのは白人からひきょうだと言われることだっていうの。 》

 「ブルース・マーチ」から。

《 そう。ジャズ・メッセンジャーズの〈ブルース・マーチ〉やったわ。最初、店に入って隅のボックスで、マネージャーを待ってるあいだ聞いたん。パリのクラブ・サンジェルマンで録音したレコードで。 》

 名盤と名高いそのレコードをかけた。リー・モーガンのトランペットも『ザ・サイドワインダー』ほどの力強い輝きに欠ける。私にとってはどうかなあ、だ。彼らのライヴ録音だと、ダイソーで210円で売っていた『 ART BLAKEY AND THE JAZZ MESSENGERS 』のほうがぐっと力強く惹き込まれる。友人知人に配ったほど。サンジェルマンといえば、四十年あまり前、東京・高円寺南、エトワール通りのジャズ喫茶サンジェルマンへ何度か行った。背の高い細身の長髪のウェイトレスに惹かれた。

 「ブルース・フィーリング」から。

《 何だか、すごい大女が両手いっぱい抱えたコーラの空瓶か何か、凍った歩道で、一本一本ぶち割りながら、それでも足取り乱さず歩いているみたいな音楽だ。最初はピア・ノロ。それからそいつに乗っかった、深ぶかと包み込んで来るような唄声。それが、ニーナの唄だったというわけよ。 》

 ニーナ・シモン Nina Simone(1933-2003)のデビュー・アルバム『 LITTLE GIRL BLUE 』1957年録音の一曲目「 Mood Indigo 」がまさにコレ。続く「 Don't Smoke In Bed 」、日本の題は「ベッドでタバコはよくないわ」。これも絶品。紛れもない名盤だ。

 「パドック一九七○年」は、新宿紀伊国屋の裏にあったライヴハウス、ピット・インと出演していた山下洋輔トリオがモデル。当時行っていたからこの雰囲気、よくわかる。

《 『パドック』の厚い樫のドアを開けると、およそ三十人ほどの若い客がすでに入っていて、黒いデコラ張りの小卓と、クッションのゆるんだビニール・レザーのすべてを占領しつくしていた。 》

《 「よっぽど、優しい、いい女なんだろうな。あんたを完全に占領しちまって」 》

 この科白になぜか胸を衝かれた。後は略。全篇読了すると、無性にウィスキーを飲みたくなった。が、空瓶。落花生と炭酸水でしのぐ。友だちに電話すると、浅田真央の話題ばかり。そうだろうなあ。

 片岡義男の解説から。

《 ジャズ衝動ないしブルース衝動は、人間がその本能の内部で瞬間的に夢見る真の自由への指標ないしは通路ではないか、といまのぼくは仮説しているからだ。勤労と遊びとが図式的に対置されている実生活のなかで、あるとき人はなにごとかを創造するというごく常識的な生き方のなかからの脱出みたいなことをはかるとき、ジャズ衝動が力になりうる。創るでもなく働くでもなく遊ぶでもなく、決定的に自由でルールのない瞬間が、ジャズづくりのなかにはあるにちがいない。この瞬間、真の自由を夢見る本能の底が見えるのではないか。明確に規定されることのぜったいにない、不定形であいまいな永遠のさすらいがそのとき見えるのではないのか。 》

《 自らをジャズの創り手の位置に置いたうえで、ジャズ衝動をなにかまったくちがったほかのことに託してひとつの物語を書くのは、至難の技だろう。 》

 ネットのうなずき。

《 才能ある人は自分に出来る特別な事を低く見る。才ある歌人は短歌なんて簡単と思うし、才ある写真家は写真なんて簡単と思うし、才ある詩人は詩なんて簡単と思ってるし、才ある営業マンは営業なんて簡単と思う。でも人の十倍それが好き。「努力」は「好き」に変換されて、努力の自覚もない。 》 早坂類

《 読書だけの、社会的実践を伴わない知識は全く意味がないと思うが、その一方で、知と結びつかない実践というものも役に立たないのである。 》 中田 考

 ネットの見聞。

《 東京電力は20日、福島第1原発で汚染水をためているタンクの上部から雨どいを伝って水が漏れているのを見回り中の作業員が見つけたと発表した。タンクを囲むせきの外に漏れた量は約100トンで、雨どいの水からはベータ線を出す放射性物質が1リットル当たり2億3千万ベクレルと極めて高い濃度で検出された。 》
 http://www.47news.jp/CN/201402/CN2014022001001121.html

 「1リットル当たり2億3千万ベクレル」の汚染水が「約100トン」!!

 ネットの拾いもの。

《 やっぱり「◯◯教室」ってのはサンデル先生の影響なのか、それとも楳図かずお先生の「漂流教室」からなのか… 》

《 目の前で女の子が脱ぎ始めて「何してるの」って聞いたら「googleの新サービスです」って言われる夢見た。 》