「日本近代文学の起源」

 文庫本を少し整理。積読本に紛れている岩波文庫翻訳ものを小さな段ボール箱に収める。到底入りきらないけど、小さくないと背文字が見えないし、腰を痛める。考えたすえ、床積みの文庫本は出版社別にまとめるのが、私には合っている。しかし、これだけで音を上げる。優男でもないのに。ダブリ本があった。これはブックオフ行きの箱へ。それにしても、整理しようと本を眺めていると、探していた本が見つかる。こんなところにあったのか。また中断。大仏次郎終戦日記』文春文庫2007年初版と高木順『敗戦日記』中公文庫2007年2刷が出合う。整理の面白いところだ。山田風太郎『戦中派不戦日記』講談社文庫1985年初版を加えて同じ日にどんなことを書いているか。これからの楽しみ。清沢洌『暗黒日記 III 』評論社1973年初版もある。

 柄谷行人日本近代文学の起源講談社文芸文庫1990年9刷を読んだ。平易な言葉で語られているけれども、射程がきわめて長く、視野も広く深いので、焦点をあわせるのに苦労する。しかし、困難でも食らいついていくだけの価値がある。私にとっては、なんとも嬉しい知的興奮を覚えた読書だった。

《 風景が以前からあるように、素顔ももとからある。しかし、それがたんにそのようなものとして見えるようになるのは視覚の問題ではない。そのためには、概念(意味されるもの)としての風景や顔が優位にある「場」が転倒されなければならない。そのときはじめて、素顔や素顔としての風景が「意味するもの」となる。それまで無意味と思われたものが意味深くみえはじめる。 》68頁

《 「内面」ははじめからあったのではない。それは記号論的な布置の転倒のなかでようやくあらわれたものにすぎない。だが、いったん「内面」が存立するやいなや、素顔はそれを「表現」するものとなるだろう。 》 69頁

《 「モナリザ」には概念としての顔ではなく、素顔がはじめてあらわれた。だからこそ、その素顔は「意味するもの」として内面的な何かを指示してやまないのである。「内面」がそこに表現されたのではなく、突然露出した素顔が「内面」を意味しはじめたのだ。このような転倒は、風景が形象から解放され「純粋の風景」として存在したことと同時であり、同一である。 》 77頁

《 明治二十年代の文学を見るとき、われわれはそのときまだ在りもしなかった「内面」を想定してはならない。「内面」は一つの制度として出現したのであり、われわれこそそのなかにいるのだ。 》 91-92頁

 最後の引用に幕末の人々を描いた岡本綺堂『半七捕物帳』を連想。現代社会とは全く異なった市井の世界。それが活写されていた。それはさておき。私にとってはそうかそうだろう、と膝を打つ卓見が頻出、いやあ参りました。でももっと早くに読んでいれば、と地団駄は踏まなかった。疾うに読んでいても今のように興奮したかどうか。すなわちこの言説の半分も理解できたとは思わない。今だってそうだから。批評は後日再読してから、だ。ここで提出された視点から新版画、川瀬巴水や高橋松亭らの風景画を検討したい気持ちに駆られる。が、拙速はいかん。

《 「文学史」はたんに書きかえられるだけでは足りない。「文学」、すなわち制度としてたえず自らを再生産する「文学」の歴史性がみきわめられねばならないのである。 》 126頁

《 これまでにもくりかえし述べたように、私は「文学史」を対象としているのではなく、「文学」の起源を対象としている。 》 138頁

《 これはちょうど、それまでたんなる障害物にすぎなかったアルプスが、ルソーの『告白録』において自然美として見出されたのに対応している。 》162頁

《 明治の学校教育が天皇イデオロギーにもとづくこと、したがって、それを民主主義的あるいは社会主義的に変えることが「教育」の進歩だと考える者は、「教育」というものそれ自体の歴史性をみないのである。 》 184頁

 ネットの見聞。

《 倉庫を整理していたら、本の山の中に仮面物語が…(涙) 》 盛林堂

 山尾悠子『仮面物語』徳間書店1980年初版帯付を本棚から抜く。刊行時に読んでいる。山尾悠子の本は、『オットーと魔術師』集英社コバルト文庫1980年初版帯付と『夢の棲む街│遠近法』三一書房1982年初版、それに『山尾悠子作品集成』国書刊行会2000年初版函帯サイン付。どれも新刊で購入。『夢の棲む街』ハヤカワ文庫は古本屋へ売却。「日本の古本屋」で検索すると、どれもビックリ値段。

《 ドラマ化される神津恭介シリーズの「影なき女」、三つも密室殺人が起きる複雑な事件構造なのに原稿用紙70枚もなかったはず。同じく探偵作家クラブの犯人あて用に書かれた「妖婦の宿」が100枚余(朗読されたのはもっと短いバージョン)もあるので、それぐらいかと思ってた。高木彬光先生の剛腕凄し 》 芦辺拓

 明日の読書は高木彬光「影なき女」に決定。

《 神津恭介の次はぜひ法水麟太郎帆村荘六、藤枝真太郎、青山喬介、仙波阿古十郎、加賀美敬介、津田皓三、伊勢崎九太夫、三原検事&満城警部補、古田三吉、秋水魚太郎、園田郁雄、伝法義太郎、東英介、佐久良竜太郎、田名網警部、菊地警部……そしてもちろん鬼貫警部、星影龍三の映像化をお願いしたい。 》 芦辺拓

 全員「名探偵」のようだ。ネットで検索する?