「三つの言葉」

 水溜りの残る曇天の朝。ブックオフ長泉店へ自転車で行く。開店間もないのに満車。市川慎子(のりこ)『おんな作家読本  〔明治生まれ篇〕』ポプラ社2008年初版、吉田戦車『エハイク2 悪い笛』フリースタイル2004年初版帯付、保阪正康崩御と 即位 ─天皇の家族史─』新潮文庫2012年初版帯付、キャロル・オコンネル『愛おしい骨』創元推理文庫2010年2刷帯付、計 二割引344円。エハイク、絵と俳句のことだった。

 宇佐美英治『三つの言葉』みすず書房1983年初版収録「辻まことの芸術」を読んだ。

《 彼はそうした努力のうちにやがて「虫類図譜」や「余白の余白」のような傑作を生んだが、これら一連の作品は現代絵画の 一ジャンルを代表する絶品であるばかりか、観察の的確、想像力の奔放、アイディアの奇抜、線の微妙、生動、いずれの面から いっても東西世界の漫画史上最高のものではあるまいか。 》

 私はそこまでは断言できない。

 この本に「榧の湯」という文章がある。

《 鈴木右衛門さんは安政年間からからつづいた名代の櫻家の当主である。自ら詩文をよくし、また「手仕事」という季刊誌を 手仕事さながらに板行している風騒の人である。 》

 桜家は鰻の蒲焼で有名。その右衛門氏に頼まれて、奥さんと東京品川旗の台の加藤郁乎(いくや)氏宅を訪問、原稿を依頼。 活字になった原稿はなにやら難しいことが書いてあった。『手仕事』、書庫の奥の奥にあるはず。桜家へ種村季弘(すえひろ) 氏をお招きしたことがある。その後、氏は「竹倉の富士山」(『晴浴雨浴日記』河出書房1989年収録)という文章で桜家(桜屋 と誤記)に触れている。1981年夏、右衛門氏急逝。加藤郁乎氏も種村季弘氏も鬼籍に。往時茫々。

 そういえば桜家の包装紙は、まだ山本美智代さんのデザインを使っていると思う。味戸ケイコさんの大学の先輩。

《 人や本、──文学作品や古典とのつきあいが年齢とともに変ってゆくように、絵に対するつきあいも変ってゆくものである。  》 「書斎の絵」

《 息が通じあわなければ絵をもったり飾ってみても何の役にも立たない。絵の空間と自分の内面が通じあわなければ、そんな 絵は目ざわりになるだけである。 》 同

 よくわかる。パソコン台にはモニター画面と周辺機器だけ。右隣のライティングデスクの上部には葉書大の坂東壮一、林由紀子 の銅版画と柿沼忍昭の名刺大のペン画。邪魔にならず目をそっと愉しませてくれる。

 手持ちの宇佐美英治のもう一冊の本、『明るさの神秘』小平林檎園1996年初版、「自筆略年譜」。

《  一九七八年(昭和五十八年) 十二月十九日、最も敬愛した友人本郷隆が『石果集』(歴程社刊)一巻をのこして永眠、 奇しくも辻まことと命日が同じであった。 》

 帯にヘルマン・ヘッセの文が使われている。

《 世界とその神秘の深さは、雲の黒ずんでいるところにはない。深さは澄んだ明るさの中にある。 》

 『明るさの神秘』を出版した小平範男氏も鬼籍に。彼が購入した味戸ケイコさんの絵は、未亡人が所持しているだろう。 味戸さんから、東京北青山のギャラリー・マヤで12日から始まる個展に私が14日に訪ねるのを待っている旨のメール。

《 ここではない違う場所へお連れするような作品がひとつでもあることを祈ってます。 》

 http://www.gallery-h-maya.com/schedule/12029/

 ネットのうなずき。

《 年を取っても世の中から必要とされるというのは、生き甲斐です。まぁ、みんな頑張れw 死んだらゆっくり休めるからw 》

 ネットの見聞。

《 電子メディアも素晴らしいが、紙という媒質は感覚を目覚めさせる素晴らしい力を持っている。テクノロジーは素材や感覚の 未来をも変えていく。また伝統は、未来資源でもある。 》 原研哉

《 自分以外の人も、同じことで悩んでるってことが分かるだけで不安て軽くなったりする。この優れたメカニズムがあるから、 人間はわりといろんなコトに耐えられる。ついったで不安をつぶやくことは、自分のためかもしれないけど、実は誰かのために なってたりもする。 》