「 中空構造日本の深層 」つづき

 昨日は日本の特徴を中空構造というかたちに見た。では西洋は。

《 西洋のように、一神教を信ずるところでは、多神教に比して、「統合」 に対する欲求が強いのは当然のことである。(中略)既に紹介してきたように、 科学の知は神の絶対的専制から人間を解き放ち、自由を増大させたかのように思われたが、 その科学の知が無意識的に神話の地位を獲得すると、人間の自由を極端に縛るものとなった。 》  24頁

《 人間の「管理」する社会は、人間の魂の自由を許さないのである。中世の暗黒時代と 言われる時期に生きた人々と、現代人とははたしてどちらが多くの自由さをもっているか、 もう一度真剣に検討してもいいのではなかろうか。神はその領地の中に「暗黒」という、 魂の自由を許す場所を含めていたが、コンピューターによる管理は、すべてを白日のもとに 曝してしまうのである。 》 25頁

《 統合を行うためには、統合に必要な原理や力を必要とし、絶対化された中心は、 相容れぬものを周辺部に追いやってしまうのである。 》 47-48頁

《 筆者は先に均衡の重要性を強調した際、均衡による全体性の存在を表現した。 全体性という限り、そこに統合があるはずである。しかし、その統合は明確な中心をもった 論理的整合性によって成立しているものではない。 》 27頁

《 つまり、西洋的な弁証法の論理においては、直線的な発展のモデルが考えられるのに 対して、日本の中空巡回形式においては、正と反との巡回を通じて、中心の空性を 体得するような円環的な論理構造になっていると考えられる。 》 47頁

 詩人・批評家の大岡信の論述を連想した。彼の論述からは中庸を感じる。 河合隼雄にならえば、それは凡庸な中庸ではなく、エネルギーの充満した中庸= 中空構造だと言える。再び河合隼雄

《 つまり、筆者の表現で言えば、日本的中空構造によることもできず、さりとて、 西洋の父性中心の構造によることもできない。日本的なるものを深く掘り下げようと しても、そこに見出されるものは文字どおりの無であり、言葉を失った状態にあるのが、 現在の日本の状況ではなかろうか。 》 74頁

 それから三十余年。ネット環境の整備、大震災、津波原発事故を経て、時代は 知覚〜地殻変動の胎動期にある気がする。その起点を2011年7月、テレビのデジタル 放送化に置いていたが、その前に地震。いずれにせよ2011年がその起点だと私は見ている。 その未曾有の大変動=大変革を妨げ先送りさせる手段に、東京オリンピックが利用される。

《 ユングのいう感情とは、ものに対する好き嫌い・善悪の判断を下す機能を示している。 これに対して、感覚は、五感に関係して、ものそのものの形や色などを的確に把握する 機能であり、直観は、ものの属性を超えた可能性を把握する機能である。 》 169頁

 美術作品を判断評価するためには三つのもの、経験、知識、直観が必須である、 とは以前からの考えだが、直観をうまく説明できなかった。これで説明できる。この 一節が収録された「現代青年の感性」1979年は、取り上げられた話題は古いが、内容は じつに濃い。西洋画と日本の洋画の違いはどこにあるか、また「日本的洋画表現」 などという根拠不明の自賛への疑問に援用できる箇所もあり、ぐっと心が躍る。

 ネットの見聞。

 中井英夫展。
 http://www.mys-bun.or.jp/news/index.html#20141104news

《 文部科学省平成26年(2014年)10月12日付 インターナショナル・ニューヨークタイムズ紙の 記事について」 当然これ同時にインターナショナルニューヨークタイムズ紙に英訳して 投稿してるよね。まさか日本語話者向けアピールやあるまいな 》 増田聡
 http://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/1353247.htm

 上記、私が地元の某銀行のギャラリーへの問い合わせと重なる。そこの「ごあいさつ」から。

《 ここから国内および世界に向けて芸術情報を発信することを目指しております。 》
 http://www.sanshin-zen.jp/

 とあるのに英語版はない。問い合わせから一週間、まだ返事は来ない。

 ネットの拾いもの。

《 さっき店の近くの路上にスズメバチが一匹いて、わー、入って来たりしたらどうしよう、 って見つめていたら、トラックが来てそのまま踏みつぶされてお亡くなりになりました。 》

《 汚れちまったカナヘビに 》