ドナルド・A・スタンウッド『エヴァ・ライカーの記憶』文藝春秋1979年初版を 読んだ。昨日ふれた有栖川有栖『有栖の乱読』の推薦本。帯文から。
《 1912,4,14 豪華客船タイタニック沈没
1941 アメリカ人観光客夫妻 ハワイで惨殺さる
1962 大富豪ライカー タイタニック遺留品引揚計画を発表
時と所をへだてた三つの出来事を結ぶ糸は? 》
冒頭一行。
《 一九四一年十一月三十日 》
読むのは今でしょ。大富豪ライカーから引揚計画の取材を依頼された売れっ子 の物書きは、謎を追うにつれ身に危険が迫り、生死をさまよう災難が降りかかる。 この五十年、老大富豪は何を何を隠そうとしているのか。堪能。
《 一読して、そのプロットの複雑・巧緻、スケールの雄大、語り口の軽快なことに 舌を巻かない読者はいないだろう。 》 訳者「あとがき」
語り手はハワイ、ニューヨーク、ロンドン、パリ、スイス、スペイン、大西洋の 海底のタイタニック号と巡って日本へ。世界周遊紀行みたいだ。
《 マーガレット・サンフォード博士が東京にかまえるオフィスは、小石川植物園に ほど近い白山通りにある。 》 「20」
こういう優れたミステリには使いたくなる(使ったら恥をかくに違いない) 決め科白がある。例えば。
《 「それだ。ガンガンどやしつけて、やつの胃潰瘍を悪化させてやる」
「あの人は胃潰瘍をわずらっているようには見えないけど」
「じゃ、そろそろわずらってもいい頃さ」 》 「10」
《 「おまえのことをどう思ってるかは、おまえを抱けるようになってから話すことに しよう」 》 「16」
ネットのうなずき。
《 今回のどさくさ選挙は、「どさくさ」にしちゃいけないくらい大事な選挙だと思う。 這ってでも投票に行く。 》 豊崎由美
ネットの見聞。
《 P・D・ジェイムズさん(英国の推理作家)が27日、英オックスフォードの自宅で死去、 94歳。 》
http://www.asahi.com/articles/ASGCX01X6GCWUHBI02J.html
《 藤森涼子を書くとき、年頭にあったのはコーデリア・グレイでした。 年齢を重ねた彼女の活躍も読みたかった。 》 太田忠司
年頭は念頭だろう。コーデリア・グレイは、P・D・ジェイムズ『女には向かない職業』 の女探偵。
《 P・D・ジェイムズはこのあと『皮膚の下の頭蓋骨』という大長編を世に問うた。これは 私が訳出させてもらったのだが、(中略)結果として、この千枚に及ぶ長編謎解き物 (普通のミステリーは長編でも五百枚前後)の結末は、従来のそれとはちがう味わいのものに なった。『女には向かない職業』でデビューした真摯なセミ・プロ私立探偵コーデリア・ グレイは読者の期待に応えて再登場する。しかし、彼女は当然、作家とともに成長を とげていて、昔ながらの解決方法ではない解決でしか事件の決着をつけることはできない のである──。 》 小泉喜美子『メイン・ディッシュはミステリー』新潮文庫1984年初版、 240-241頁
《 『女には向かない職業』は、里程標としては重要な作品だけれど、コーデリアには まだ健気の尻尾がついているんだよなあ──というのが個人的な感想。 》 大矢博子
《 72年のコーデリアは「健気の尻尾」が残ってて、80年代のヴィクとキンジーは 肩に力が入ってる。その間のシャロン・マコーンが実はいちばん自然体、だと思うの。 》 大矢博子
本棚から取り出したシャロン・マコーンものの第一作、マーシァ・ミュラー『人形の夜』 講談社文庫1980年初版は、小泉喜美子の翻訳。1977年の作。
《 そりゃあそうでしょう。これが彼女の処女作なんですから。(彼女が処女かどうかは 知りません) 》 「あとがき」
こんなことを私が書くと、石が飛んでくる。
《 知性とは、自分が何を知らないのかというところに発動する。わが宰相は、 自分が知らないことを、知っているかのように語る。戦争について、昭和三十年代の 庶民の生活について、福島の現状について。そこでは、知性が停止し、 代わって偏見と信仰が語られる。 》 平川克美