『ヨーロッパの港町のどこかで』

 松井邦雄『ヨーロッパの港町のどこかで』講談社1994年初版を読んだ。軽みのある文章だ。 くせがなく、恬淡としていて、すまし汁のような味わい。出された品をおいしくいただく。 それだけの、それだけで十分。

 「始まりはタンジール」「マルセーユ」「オンフルール」「カディス」「ナポリ」 「バルセロナ」「モンテカルロ」「終わりはイスタンブール」という章立て。名前も 知らない港町もある。地図で確認しながら読み進める。

《 港町と女。うんざりするほど陳腐だが、これほどしっくりくる取り合わせもない。 男にはもうなじみの女ができた。船が錨をおろしている間、男は鴎のように女という 浮標(ブイ)につかまっている。 》 「始まりはタンジール」

《 女はかりそめの船着き場だ。途方もない夜の海の闇のむこうに、男は女の幻を 追いつづける。 》 同

 陳腐な言の葉だ。

《 私にとって、タンジールは永い間、そんな港町だった。 》 同

 ここから軽いステップを踏んで、読者は地中海を中心とした港町へ誘われる。 タンジールに関わる薀蓄が(他の章と同様に)さりげなく語られるが、軽みのゆえか 嫌味にならない。

《 雨は降りしきり、タンジールの街は闇のなか深く沈んでいた。耳を澄ましたが、 どこからも汽笛は聞こえてこなかった。 》 同

 章が閉じられる。いいねえ。港街というと小林旭吉永小百合の映画『黒い傷跡の ブルース』が思い浮かぶが、それとはまるで違った、軽い(深みを隠した)粋がある。

《 見開かれた瞳とものいいたげな唇。なんにかの問いに答えようとして、一瞬を みつめているような表情である。あるいはなにか目の前のものを通り越して そのむこうにある空(うつ)ろをみつめているような表情である。説明文には、 サフォまたはアフロディーテとしてよく知られる女神像となっている。 》 「マルセーユ」

 このくだりに松井邦雄へと誘(いざな)ってくれた林由紀子さんの手彩色銅版画、 『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集』の表紙が浮かぶ。
 http://www.kokusho.co.jp/np/isbn/9784336058669/

《 アンリ・ジョルジュ・クルーゾの映画『情婦マノン』を見たのは高校生の頃だった。 》

《 ラストシーンが凄かった。砂漠で死んだマノンの体をデ・グリューが逆さにかついで、 よろめき歩いて行く。いま射ち殺されたばかりの獣のように、セシル・オーブリーの 肉体が生まなましく揺れ動く。 》 「オンフルール」

 テレビで観たこの場面だけが心に鮮烈に焼きついている。原作のアベ・プレヴォマノン・レスコー岩波文庫1972年は買ったまま本棚にある。帯文。

《 一生涯恋をして、一週間しか貞節でいられなかったマノン──彼女を熱愛した青年の手で、 屍を大草原に埋めねばならなかったマノン。 》

《 はかない人生であればこそ、死後に名誉が贈られる。ボロ切れのようになって 生き延びるよりも、決闘のあとでボロ切れのように路上に横たわるのが望みなのだ。 》  「カディス

 某芸術家を思う。

《 よく聴いていると、たまに新しい曲も入るが、ほとんどが昔の曲ばかりである。 それが徹底してラテン系のリズムなのだ。ルンバ、コンガ、サンバ、クンビア、メレンゲ、 チャチャチャ……。 》 同

 たまらんなあ。カディスかあ。こんなことを綴っているとキリがない。

《 バルセロナ育ちのラケル・メレの歌はどうだろう。ラケル・メレは「ラ・ ビオレテラ」や「ドニャ・マリキータ」などの曲でパリのレビューを征服した スペインの大スターである。 》 「バルセロナ

 ラケル・メレ Raquel Meller のCDをかけて読書を進める。「ラ・ビオレテラ」 La Violetera は最も好きな歌。
 https://www.youtube.com/watch?v=q71Q5EMyQzk

 昨日中断した不要物の片づけを続ける。古道具屋が喜びそうな古物がいくつか。 それらはいずれ処分する置き場所へ。空いた場所に美術関連本の段ボール箱を置く。 どれも不要になりそ。もっと身震いして不要物を落とさなければいかん。次は小説だ。 関心が変わって興味を失った小説本を処分だ〜。大部分が単行本。2Lペットボトル箱 に本を詰める。重い。自転車に積んでブックオフ長泉店へ。580円也。二冊を購入。 鯨統一郎『浦島太郎の真相』カッパ・ノベルス2007年初版帯付、『正法眼蔵・行持 下』 講談社学術文庫2002年初版、計216円。

 180センチ高のスライド式書架の上に手作りの二段の文庫本用本棚を乗せてあるのだけど、 スライド棚の動きが重い。上の本を一段にしたら、少し楽に動くようになった。うーん、 もう一段も撤収〜段ボール箱行きか。

 ネットの見聞。

《 公害問題そして福島や沖縄など日本の風土にはその地域の問題はその地域に 封じ込めるという土着的な雰囲気がある。本質をみようとしない底の浅さがある・・  》 息響き

《 福島第一原子力発電所における港湾内海水のトリチウム測定結果について(続報116) 》
 http://www.tepco.co.jp/cc/press/2015/1248022_6818.html

《 福島原発ストロンチウム過去最高値。事故は収束どころか加速度的に酷くなっている。 本来なら新聞一面だろう。が、安倍が引っ張り込んだ中東危機が加わり感覚が完全に麻痺している。 日本は原発が三基メルトダウンしたままということを絶対に忘れてはいけない。外に対テロ戦争、 内に事故原発。最悪だ。 》 椹木 野衣

《 疑問なのは、首相が明らかに事実に反する「嘘」や「歪曲」を繰り返しているのに、 それを指摘する記者がいないという現実。「汚染水はアンダー・コントロール」の頃から、 大手メディアは首相が嘘をついても、それを「嘘だ」と指摘しない。現実をありのままに認識せず、 という姿勢は、記者も同じなのか。 》 山崎雅弘

《 日本のメディアが特定秘密保護法と権力の恫喝と懐柔にはばまれてまともな報道が できなくなってしまったら、SNSがこれから日本国内における政策批判の 「主要な媒体」になる他ありません。メディアはそれを恥とは思わないのでしょうか。 気骨を見せて欲しいです。 》 内田樹

《 古賀茂明氏が語る「I am not Abe」発言の真意 》
 http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/156835/1

 ネットの拾いもの。

《 英語字幕のヤクザ映画見てたら、ピストル持ったヤクザが「なんぼのもんじゃい!」 って言ってるシーンに「How much?」って字幕でた。 》

《 ベルトの穴あけに便利な商品「皮ポンチ 3mm」。右読みの時代だったらえらいことだった。 》