『 本覚坊遺文 』

 井上靖『本覚坊遺文(ほんかくぼういぶん)』講談社1981年初版を再読。15日の「私の選ぶ 戦後文学ベスト3」に選出された小説。利休の死後、彼の弟子本覚坊の遺した利休についての文を 現代文に書き改めた、という形式の小説。本覚坊は、深い思索というより、日一日の日常を 積み重ねることで、うっすらと積もってゆく経験の重なりから、師利休の生きた意味を感じ取ろうと しているよう。思索と経験の日々。これは哲学者森有正の世界だ。これは傑作だろう。全六章のうち 四章が白眉だろう。

《 ──織部どのは死ぬ時を探しておられた。 》 「四章」121頁

 この織田有楽の一言が読者に一撃を与え、続く文章は深海から押し寄せるぶ厚い海鳴りのような、 重く揺らぐ圧力を読者に伝える。それは読書の愉楽。

《 あの夜、あそこでは何が行われたか。ずいぶん長いこと判らないでいたが、どうしてこんな 判りきったことが、判らなかったのであろうかと思う。 》 「四章」129頁

 瑕瑾を一つ。

《 今は押しも押されぬ将軍家の茶道御師範である。 》 「三章」93頁

 旨い煎茶を喫みたくなる。一杯分を淹れる。珈琲、紅茶とはまた違う清んだ深い味わい。

 本を整理、処分して床置き本はなくなったけど、本棚に適当に入れ込んだ文庫本をこれから順次 並べ替えなくては、と目に留まったのが深沢幸雄の銅版画が表紙に使われた文庫本。大藪春彦 『血の来訪者』新潮文庫1973年初版以下九冊あった。文庫本、他にもあるのかなあ。

 ネットの見聞。

《 『教皇ヒュアキントス』はamazonなどの通販サイトで軒並み在庫なしになってるっぽい。 訳された中野善夫さんや銅版画の林由紀子さん、装丁されたFragment兎影館さん、古書ドリスさんの ツイートなどでかなり広く周知されたんだと思う。地道で丁寧な販促(饅頭)活動が実を結んだ感じだ。  》 初春飾利

《 僕は究極的な政治信条としては天皇制に反対ですが、 今上天皇と皇太子の発言には類いまれなる知性が感じられ、尊敬しています。 》 池田清彦
 https://twitter.com/IkedaKiyohiko

 ネットの拾いもの。

《 日経朝刊一面「常識を疑え 正社員ならバラ色か」。 正社員ならバラ色と思ってるサラリーマンなんかいねえぞ。 》