「 次は溶解だ(前編) 」

 20日を掲載し忘れていた。
 椹木野衣『後美術論』美術出版社、「第6章 次は溶解だ(前編)メルト・ダウン・イズ・ネクスト」 を読んだ。パンク・ロックセックス・ピストルズは知っている(名前を知っているだけ)が、 ノー・ウェイヴ( NO WAVE )、ニュー・ウェイヴ、シチュアシオニスト(状況主義者)、レトリスム となると、初耳。章の結び近く。

《 私たちは、すでにトリスタン・ツァラの中に眠っていたこの対照性(レトリスト=ノー・ウェイヴ 的なツァラと、シチュアシオニスト=パンク的なツァラ)を一斉に「溶解(メルト・ダウン)」 させるためにこそ、さらに多くを語っていかなければならない。 》 300頁

 ツァラが話題にあがって、少しは知識がつながったかにみえるが、ここはツァラの『ダダ宣言集』 光文社古典新訳文庫を買って読まなくては、知っているだけになってしまうわ。

《 イズーが、かつてツァラが引いた線上にいることは、塚原史の手で新たに訳された先のツァラの 著作を読めば、もはやあきらかだ。従来のいわゆる前衛芸術的な翻訳とまったく違って、ここでの ツァラははるかに音楽的で、もっと言えばパンクであり、ノー・ウェイヴなのである。 》 295頁

《 これは同じ詩人でも、非物質的な意味の純化を求めて徹底的に形式主義的であろうとした (=視覚芸術に近づこうとした)マラルメに対して、ツァラの詩がはるかに肉体的な野生を 備えていたことの証左でもある。仮にマラルメが作曲家的であったとしたら、ツァラは圧倒的に 言語の演奏者(プレイヤー)なのだ。 》 297頁

 朝、源兵衛川中流部、ほころびはじめた桜の下の石垣に繁茂するヒメツルソバを抜く。一時間あまりで 土のう袋六袋に詰める。自転車には一度に二袋が限度なので三往復。きょうはこれまで。

 午後、ブックオフ三島徳倉店へ自転車で行く(車も免許もない)。泡坂妻夫『煙の殺意』講談社1980年 初版、池田清・編『太平洋戦争全史』河出文庫2006年初版、計216円。前者は贈呈用。後者の「文庫版に よせて」から。

《 いってみれば、日本の近現代史は戦争の歴史といってもいい。政治も経済も、教育も文化も、さらには 風俗や娯楽にいたるまで、すべては軍事と戦争の影響下にあったのである。(中略)戦争の実像を知ることは、 それら戦争の痛みを肌で知っている被害国の人々の気持ちを理解することにつながる。相手の真の気持ちを 知らなければ、近隣友好は築けない。 》

 ネットの見聞。

《 透視調査で「原子炉に核燃料なし」 福島第一原発 》 NHK
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150319/k10010021671000.html

《 福島原発1号機に続いて2号機も核燃料溶融が確認。3号機も間もなくわかるはず。 この数日各地の原発廃炉が伝えられた。脱原発派にとっては嬉しい知らせのようで、 実は膨大な放射性廃棄物が出始めることを意味する。そこへ来て燃料溶融の立証と再稼働へ向けて 前進の一報。何もよくなってなどいない。 》 椹木野衣
 https://twitter.com/noieu

 ネットの拾いもの。

《 『教皇ヒュアキントス』を持ってないので、本棚の写真をUPできないのが悔しい。こうなったら 本棚の一部に隙間を開けて撮影して「馬鹿には見えないヒュアキントス」とツイートしようかな。 いや、買えばいいか……。 》

《 今日友人に「そんなに本買っていつ読むの?」と訊かれたが、それはわたしも知りたい。 》