『遙かなノートル・ダム』つづき

 森有正の『遙かなノートル・ダム』角川文庫1983年初版は、なかなか深い内容をもっている。 なかなか、と書くと傲慢な気がするが。ま、惹きつけられた。森有正流に書けば牽きつけられた。 昨日の「霧の朝」につづいて同年の1966年発表された「ひかりとノートル・ダム」は、さらなる深みと 豊かな広がりを見せている。

《 経験は主観的ではないかという疑問は当然提出されるであろう。しかし経験に徹しようとする時、 そこにあらわれてくるのは真の客観性、主体的には無私ともいえる精神である。自己の経験をある程度深めると 必ず起ってくることは他の人間の経験との一致を期せずして知らされることである。 それが同時代の人間であることもあるし、古い時代の人間であることもある。 》 61頁

 前後の文章がないと、ここに引用したことの深みが伝わらない。が、そうなると全部を引用するはめに。

《 「八紘一宇」は世界の中にあって、もっとも拙劣で形容できないほど無意味なことであった。 今日の日本はまた何か別の「標語」をもっているようである。それが何かは言うのを止めよう。 》 64頁

 五十年前と現在が重なる。

《 標語やイデオロギーではなくて、自分が現に生きている条件、あるいはその条件の下に生きていることを まずそのまま受け取り、すでにそこに、それ以外ではありえない自分を確認することから出発すること、 それが経験ということの第一の意味でなければならない。 》 67頁

《 経験というものが、体験とは全然異なり、つまり自分の道具として使用できる体験とは異なり、 自分自身を定義するものとして他人と自分とに現れてくるもの、自分ということそのものがそれによって 明らかにされるものである、ということが判ってきたことであり、それはフランスにおける文化の在り方が 次第に身に沁みて感ぜられてくることと関連していた、と言えると思う。 》 69頁

 「霧の朝」「ひかりとノートル・ダム」につづく「遙かなノートルダム」から。

《 頭で考えるのではなく、感ずる、内部があることが感ぜられる、ということ、これはそう手っとり早く 起ってくるものではない。ただここで重要なことは、頭で解ることと感ぜられることとは決して同じではなく、 雲泥の差がある、ということである。 》 76頁

《 促しから冒険を通して真の経験へ、これが今の私には思想に到る唯一の道であるように思われる。 》  78頁

《 これもまた経験における事実であって、いろいろ工夫してでっち上げた観念的構成物ではない。 》  80頁

《 それ故に本当の経験というものは、本質的には、直接的提示ができないものなのであって、 それにある「名」をつけることができるだけである。だからそれを定義し、表現するにはどうしても 象徴的な道を採らなければならないのである。そうではなく、直接に提示可能なすべてのものを私は 体験とよび、経験と厳密に区別するのである。 》 84頁

 森有正はここで視点を変える。

《 こういう風に見てきて、日本文化の在り方をふりかえるならば、そこに体験的要素がきわめて強く、 外国から入ってきたものを、その経験の根柢まで掘り下げて思索することをせず、むしろ逆に新しいものを 自己の体験で理解しうるものに変化させようとする傾向が無意識のうちに強く働いていたように 思われてならない。もちろんこういう体験的傾向はそれ自体はわるいものではもちろんなく、 ある場合には大きい長所である。しかし、事柄が思想、文学、芸術などの、本来経験に固有の領域に 入ってくると、時として致命的な欠陥を現すように思われるのである。 》 85頁

 洋画の流れを見ると、「その経験の根柢まで掘り下げて思索することをせず、」描き方だけをなぞって いい気になっている気がしてならない。椹木野衣・編集の『日本美術全集 第19巻 戦後〜1995』小学館に 収録された作品を見ると、多くが意識的無意識を問わず、その経験の根柢まで掘り下げて、から現れたことに 思い至る。味戸ケイコさんの絵はその一例だ。椹木野衣の視点について、私はまだ考え中。そう易易と彼の 思考を理解できるはずはない。
 他にも引用したい論点はいくつもあるが、ここで一区切りにする。すごい評論だ。再読必至。

 ネットの見聞。

《 「驚くべきギター・ストリート・パフォーマー 11選」 》
 http://amass.jp/63266/

 凄技、これが楽器? 足で弾く! 世界は広い〜。

 ネットの拾いもの。

《 そういえば、30年くらい熟成させ続けている本もあるな。 あと20年くらい熟成させてから読むのが楽しみでならない。 》

《 筒井康隆には「ベトナム観光公社(ベトナム戦争が100年以上続いて伝統芸能化して観光地になっているという 設定のドタバタ小説)」が旅行の棚に置いてあるという鉄板ネタがあるのだが、海老名図書館で蔵書検索してみたら 案の定である。 》

《 「マイナンバー収集業務」ってなんですか。 》