『日本美術全集 第19巻 戦後〜1995』

 椹木野衣・編『日本美術全集 第19巻 戦後〜1995』小学館は、何度見ても刺激的。北大路魯山人福住廉の解説。

《 「大馬鹿野郎、無礼者、自分天狗、昭和の天一坊、毒舌家」(中略)けれども、そのように魯山人を 嫌った人々にさえ、「作品だけは敬服に値する」と言わしめたところに、芸術家・魯山人の天才性がある。 》

《 〈やきもの作るんだって、みなコピーさ。なにかしらコピーでないものはないのだ。但し、そのどこを 狙うかという狙い所、真似所が肝要なのだ〉。これはウォーホルではなく、ほかならぬ魯山人の言葉である。 》

 どうりで私が魯山人もウォーホルも評価せず、嫌いなのかわかった。どこがいいのかわからない。また、 「気まぐれ美術館」の洲之内徹の推した画家たちが何人か収録されていて、ほほう。「15、16 佐藤渓」、 「33 高良眞木」、「87 長谷川リン二郎」(リン=燐の火の代わりにサンズイ)など。佐藤渓 「富士恵像」「蒙古の女」の解説は椹木野衣

《 ただし、佐藤の絵がもつほんとうの魔力は、じつはそれとは別の顔にある。/ 筆者がここで選んだのは、 このもうひとつの顔を代表する絵のほうだ。もっとも、佐藤にこのような絵が存在することは、先の洲之内も よく理解していた。が、その漂う気配があまりにも妖しげなので、佐藤の個性を決定づけてしまいそうで、 紹介するのを躊躇していたのだ。 》

 洲之内徹『さらば気まぐれ美術館』新潮社1988年4刷、収録「モダン・ジャズと犬」から。

《 前回、なぜ油絵に触れなかったかというと、あのとき、私は、彼の油絵をどう理解したらよいか 分からなかったのだ。書こうにも書きようがなかった。(中略)しかし、そういう仕事と、 例えばここへ図版にして出したこの「蒙古婦人」のような油絵とは、どこでどうつながるのか。 困りはてて、正直言って私は油絵から逃げ出したのだ。 》 119頁

 「蒙古婦人」は「蒙古の女」のこと。つづく「守りは固し神山隊」の章から。

《 長い間、私は芸術を口にしながら、芸術を本当に信じてはいなかったような気がする。(中略) だが、その芸術なるものも私とは縁がない。私はただ、何かに溺れるだけなのである。 》 124頁

 私は人間の精神的生産物に興味があり、惹かれる。その中のいくつかが芸術と呼ばれることもある。

《 人生とは所詮、何かに気を紛らわせて生きているだけのことだという気が私はする。 》125頁

 なにかが心の奥底に落ちてくる気分。

 昼前、源兵衛川中流部、三石神社下流の石垣のヒメツルソバを駆除。雨の後なので数十センチの根が楽に抜ける。 三十分あまりで土のう袋一袋にぎゅう詰め。残りの場所は水深が長靴以上なので見送り。一汗かいた。

 昼間固定電話にかかってくるのは、大方が売り込み。「ご主人さまですか」「いえ、違います」ガチャン。

 ネットの見聞。

《 新潮文庫の背表紙、1作目は白→2作目でオリジナルカラー決定→ 2作目が出た後で1作目が重版されると背表紙に色がつく。 》

 新潮文庫泡坂妻夫の一冊目『妖女のねむり』1986年初版は白背。二作目からは焦げ茶色。そういうことか。 で、『妖女のねむり』は焦げ茶色になったかは不明。

《 蔵書は宇宙の構築なので読もうが読むまいが構わないのだ。 》 中野善夫
 https://twitter.com/tolle_et_lege

 同感。

《 核燃料サイクルに12兆円 コスト年1600億円 国民負担続く 》 東京新聞
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201511/CK2015111702000135.html

《 もんじゅ・運営主体の変更を勧告〜政治的に「巧み」に立ち回っている原子力規制委員会〜 》 春橋哲史
 http://plaza.rakuten.co.jp/haruhasi/diary/201511160001/

 ネットの拾いもの。

《 「王将を歩兵が守る」広告に将棋ファンが総ツッコミ 「完全に『二歩』」 》
 http://www.j-cast.com/2015/01/09224941.html