「言葉と欲望」

 昨日の高階秀爾『日本人にとって美しいとは何か』で他に興味深かった記述から。

《 西欧では芸術作品はあくまでも一人の個人の産物で、したがってその作家の意図を正確に理解することが 解釈だという考えが今でもなお根強くあるが、日本では、連歌連句の場合を思い出してみればわかるが、 ある人の提出した句をそのまま受け取るのではなく、そこから新しく別の世界を抽き出してくることが 必要とされる。それは新しい解釈の連続と言ってもよい。 》 204頁「解釈は作品の姿を変える」

 昨夜交流会で話をした、長野県上田市からグラウンドワーク三島の視察に来た人たちを山の実践地へ案内。 富士山から駿河湾まで一望できたが、午後は雲がかかる。昼帰宅。一段落して先週の毎日新聞「今週の本棚」 に目を通す。
 高山文彦『ふたり─皇后美智子と石牟礼道子講談社への中島岳志の評から。

《 2013年10月27日。天皇皇后が水俣を訪問した。そこで水俣病患者との歴史的な対話が実現する。 (中略)この後も、異例の行動が続く。侍従が「お時間です」と声をかけても、天皇皇后はその場を 立ち去ろうとしない。その場のひとりひとりに声をかけ、耳を傾けた。患者たちは「はじめて心から 救われたような気持ちに満たされた」という。(中略)天皇皇后が患者たちの心をとらえたのは、その態度や 姿勢、表情が言葉以上の言葉となっていたからである。 》

《 許しとは何か。救済とは何か。天皇皇后とはいかなる存在か。 》

 松本雅彦『日本の精神医学 この五○年』みすず書房への斎藤環の評から。

《 「統合失調症例の減少」である。著者はその減少の要因として、「精神分裂病」から「統合失調症」への 呼称変更を挙げている。(中略)著者の仮説はさらに大胆に飛躍する。「精神分裂病はけっして単一の疾病 ではなく二○世紀の精神医学者たちが創出した単なる『疾病概念』にすぎないのではないか」と。つまり かつての精神科医たちは、精神分裂病に狂気の理想型をみており、そこに精神分裂病を神格化したいという 欲望が働いていたのではないか、とまで指摘するのだ。 》

 この仮説に驚く。そうかもしれない。神格化への欲望──が斯界を動かす動力となることは、 美術の世界ではよくあること。

 ネットの見聞。

《 今日の結論。中小零細事業者にとって、最善の『マイナンバー』対策は、何もしないことである。 》  るいネット
 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=309630

《 『NEWS23』岸井攻撃の意見広告を出した団体の正体! 謎の資金源、安倍首相、生長の家日本会議との関係 》  LITERAX
 http://lite-ra.com/2015/11/post-1725.html

 ネットの拾いもの。

《 「NHK杯で優勝経験がある方の羽生」ではフィギュアの羽生選手か将棋の羽生名人か分からないのは有名な話ですが、 この度「NHK杯前人未到の大記録を達成した方の羽生」とまで書いてもテキストとして識別できなくなりましたので、 何か新しい書き分け方が求められます。 》