「社交と自我」

 梅雨の中休みとか。頭の働きが鈍いので身体を動かせばいい(ブックオフ!)が、こう蒸し暑いとそれもなあ。 外出は近所のスーパーへ食料品の買い出しだけ。だけでも汗〜。

 山崎正和『社交する人間』「第十章 社交と自我」は、またまた目から鱗

《 ちなみに古代や中世においては、感情は本質的に下等な精神能力と見なされ、感情を抑圧することが倫理の至上の 到達点と考えられたことさえあった。感情を一定のリズムのなかに調整しようというのではなく、むしろその振幅を ゼロにしようという考えかたである。その意味ではルネサンス以後、感情の機能はようやく正当に評価され始めたのであり、 まさにそれゆえにこそ、感情の統御があらためて倫理的課題になったと見ることができる。 》 259頁

 ルネサンス以前の絵画に興味を惹かれない理由がわかった。感情を抑圧しているからだ。たったこれだけのことが 今までわからなかった。指摘されて、なるほど。

《 すなわち人間は互いの感情を眺めあいながら、所詮は他人の感情に十分には共感することのできない薄情者に すぎない。しかも誰もがその事実を互いに認めあっていて、他人というものの冷淡さを知りぬいている悲観論者でもある。  》 262頁

 前半は私の拭いがたい人生観でもあった。

《 人間に誇りという性向があるかぎり、いいかえれば他人の認知を受けたいという欲求があるかぎり、等価交換の あるところ必ず無償の贈与が試みられるのである。 》 268頁

 私も贈与し、贈与された。それにしても、濃密で行き届いた論述にふっと息を抜きたく、ついつい枝葉(ではないが) に目が向く。一休み。ホット・コーヒーを淹れる。そして『ハムレット』の登場人物への深い分析。参った。

 ネットの見聞。

《 『火花』の文学史的な功績は、読めない受賞作を乱発する賞を、読める小説が獲ってしまった事だろうね、 読まずに叩いている高樹のぶ子や読めずに中二ポエムを呟く堀江敏幸を蹴倒して(笑)。村上龍奥泉光は、 新人らしくないとか「何か肝心のところが描かれていない」とか、手厳しいけど当たっている。 》 津原泰水
 https://twitter.com/tsuharayasumi/status/749122498222919680

《 だからねみなさん。「国家神道」とか「戦前回帰」とかさ、そういう陰謀論みたいな話置いといてさ、 「改憲勢力の首魁である日本会議はこれまでずっと『女子供は黙ってろ』運動をしてきた」って事実を見つめましょうよ。 だからこその緊急事態条項であり、だからこその家族条項なんだからさ。 菅野完
 https://twitter.com/noiehoie/status/748679051624091648

《 なぜメディアは日本会議を報道してこなかったのか  》 菅野完の個人サイト
 http://www.sugano.ne.jp/2016/07/01/post-187/

 ネットの拾いもの。

《 今日が土曜日ってさっき気が付きましたわ…。 》

 同じ人がいた。

《 「フルーティー侍」第一話 》
 https://www.youtube.com/watch?v=c84GcTA-hFc

《 さすがに関西といえど文明化の進んだ2016年の現在では、いきなり「おい、お前んとこの不細工な嫁、まだ生きとんか?」 みたいな言葉をいただく機会は多くはないですが、「おい、お前んとこのメンヘラの彼女、まだ生きとんか?」 くらいは日常会話ですね。 》 ジロウ
 https://twitter.com/jiro6663/status/748405715996270592

《 毎年排出される千年に一人の美少女 》

《 おっさんから、おじいさんに近づきつつある。 》