「林由紀子蔵書票展」

 昨日のクラーナハ関連で。クラーナハも、カラヴァッジョも、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールも、対象に没入しながらも、 そこから隔たって対象と我とを冷徹に観察する自覚した眼があるからこそ、観る者に絵との距離を忘れさせる引力を生む。 それは卓越した技術であり、芸術であり、美術である。なんて考えが朝、浮かんだ。それから「卓越性・流動性・多様性」。 三者の絵には卓越性は無論、流動性(時代を超えて現在に)、多様性(多様な鑑賞法が可能)がある。

 午後、沼津市芹沢光治良記念館二階で催されている「林由紀子蔵書票展」へ友だちの車に同乗して行く。壮観。見応え充分。 いい展示でした。友だちのフェイスブックから。

《 林由紀子蔵書票の展示を見に、芹沢記念館へ。毎年、見ているが、打ち出しのコンクリートのかべ、紫外線を遮断するために ロールスクリーンを下ろした窓、この、空間に、あっていた。窓の大きな海の見えるこの記念館で、あえて、外の景色を隠して、 小さな銅版画で、できた蔵書票を、見ることに集中できる展示だった。林さんの作品、ますます、キレがあり、美しい!上手いなぁと、 ただただ感心するばかり。ヨーロッパで人気のある林さんの作品を、ゆっくり見られるチャンスに、遠方からのお客様が多い。 せっかくなので、是非、足を運んで下さい。 》 内野まゆみ
 http://www.city.numazu.shizuoka.jp/kurashi/shisetsu/serizawa/tenji/index.htm

 中村雄二郎対話集『現代芸術の戦略』青土社2001年初版、残りの対話を読んでしまう。作曲家武満徹との対話「表現としての 音・音楽」から。

《 中村 ところでその内感覚というのは、表面的にものに接するのではなくて、それを通してわれわれを取り巻いている 宇宙に接する働きだということになる。そこまで考えていくと非常におもしろい問題になりますね。
  武満 おもしろいんです。いま中村さんがいわれた何かに触っていくということですが、日本人の音楽志向の中には、 何かに触っていくということがとてもあるわけです。日本人ほど一つの音を大事にしているところはないんです。 》

 イギリス文学者高橋康也との対話「シェイクスピアという宇宙」から。

《 中村 しかしたしか five wits は五感という意味もあったでしょう。
  高橋 ええ、むろんその意味もあるんですが、もっと認識の総体、意識のまるごとを指す言葉でもあって、細かくいうと、 common sense,imagination,fantasy,judgment,memory の五つを、心の働きの五つの相として指すんです。
  中村 なるほど。そうすると、視・聴・嗅・味・触の五感というより、古代記憶術やレトリックと関係していそうですね。
  高橋 そう、フランセス・イェーツの『記憶術』を思い出し、それから中村さんが明確に問題化した〈共通感覚〉にも つながりますね。精神的知と身体的知が未分なまま含まれている感じで、'at one's wits'end'(途方にくれる)という表現なんか、 いかにもシンタイきわまったというシンタイ感覚(笑)が現れる。この five wits がデカルト的な reason によって排除され 整序されていく過程が近代だし、それによって精神と身体、人間と宇宙を結ぶ共通感覚が衰え、同時に文化や文学では 〈共有されたトポス〉つまり 'commonplace' が失われていくことになるんだと思う。 》

 大江健三郎との対話「文学・哲学・宗教」から。

《 中村 哲学の武器は普遍論理だと考えられているけれど、それは形式上のことで、最終的には直観の働きになるんじゃないかと 思う。だから、気軽に直観って何ですかって聞かれると、非常に困るんです。大江さんが言われたように、直観そのものは一瞬に 起きるかもしれないけれど、何もしないでいて直観が働くわけじゃない。何かを読んだり考えている時に、一ぺんでぱっとわかる のではなくて、何度もその周りを回ったりぶつかったりしているうちに開けてくる。発見というのは、最終的にはそれしかない。 その仕組みを論理的に語ろうと思うのは非常に難しいですね。 》

 美術作品を観賞するときの三つの要件に知識、経験、直観が挙げられるが、直観をうまく説明できずにいる。

《 中村 哲学にはいろいろなスタイルがあると思うんです。前から私は言っているんですが、哲学の表現には非常に体系的なものも あるし、反対にパスカルニーチェのように断章形式のものもあるけれど、やっていることは、根本的な問いなおしであって、 結局は同じなんです。いろいろなスタイルがあっていいんです。しかし、スタイルによって言えることと言えないことが決まる。 問題を凝縮させて端的にとらえる力では、パスカルほどの人はいないと思っています。 》

《 中村 普通広げるのと深めるのとは相反するように思われがちですが、広げないと深められないこともありますね。 広げることで、異質なものに出会うことができるからです。深めるというのは、下手をすると、同質の中で、自分の中で 自己回転していくことになるので、貪欲になればなるほど、逆に広げなきゃならない面もある。 》

《 中村 〈こだわる力〉というのはいい言葉ですね。こだわる力以外になにも頼りにならないことを、私も近頃痛感しているんです。  》

 磯崎新との対話「文化空間の〈群島)化と〈日本的なもの)の崩壊」から。
《 中村 しかし、いまになってみれば、意識の在りようとして「能動」と「受動」とを単純に対立させることそれ自体が、 非常にとらわれた考え方だと言えそうです。西欧の場合でも近代以後、とくに十八世紀以後のことでしょう。意識がたんなる能動に なってしまったのは。 》

 青木史郎との対話「『A−POC』の哲学」から。

《 中村 形の自己模倣への誘惑も強いですからね。だから自分でつくった形を壊して、いつも形の原始状態に置いておいて、 それが自動的に動くのを待つということではないと、こういうことはできない。 》

 ネットの見聞。

《 結婚するなら読書人が一番。
  ・たくさん本が読める
  ・大抵の人が物知り
  ・ゴルフ、車と比較して金がかからない
  ・相手が知りたいことに答えるのが得意
  ・週末書斎に籠るので自分の時間がとれる
  ・趣味の世界に女性の気配ゼロ
  ・たまに本の山が倒壊して保険金

  メリットしかない 》 Daisuke Tano
 https://twitter.com/tanosensei/status/809298381264650240

《 語彙がまたひとつ増えましたね。どんどん集めましょう。

  戦争→事変
  戦闘行為→衝突
  武器輸出→防衛装備移転
  公約違反→新しい判断
  産めよ増やせよ→結婚・妊娠・出産・育児の切れ目ない支援
  年金カット→持続可能性
  賭博→リゾート
  差別→区別
  事故→事象
  墜落大破→不時着 ←イマココ 》 KAMEI Nobutaka
 https://twitter.com/jinrui_nikki/status/809342107131396102

 ネットの拾いもの。

《 「歯医者に来るのは二十年ぶりくらいなので」と言おうとして 「歯を磨くのは二十年ぶりくらいなので」と言ってしまった…… 》 T屈男
 https://twitter.com/taikutumasa/status/809566372069941248

《 「どうやったら恋愛できるんですか」 》

《 国賊とよばれた男 安倍晋三 》