『現代芸術の地平』六

 昨日の大岡信の引用が気になり今日も探索。見つからなかったが、『表現における近代』岩波書店1983年初版収録の 「創造的環境とはなにか」にぐっと惹き込まれた。最初のページの一節。

《 私自身の直観的理解によれば、「中心」を「周縁」と対比して論じることには、どうしても無理がつきまとうように 思われる。「中心」は、じつは「周縁」であり、「周縁」は、じつは「中心」であるというのが、この世のからくりの 根本にひそんでいるダイナミズムの実相であるような気がしてならない。 》

 つづく論述はじつに刺激的な指摘が山盛り。少し引用。

《 「創造」とよばれる行為は、つまるところ「中心」を不断に「周縁」へ経歴させ、「周縁」を不断に「中心」へ 経歴させる行為にほかならないからである。 》 41頁

《 エキセントリックな要素のないものには、自己自身をたえず切開し、周縁にむけて押しひろげると同時に、周縁をたえず内部に捲きこみ抱きこむ力は与えられないだろう。すなわち創造性はそこに宿らないだろう。 》 70頁

日本の美術史を西洋と対比させて読み解く目の覚めるような視点に感服。

 市川浩『現代芸術の地平』岩波書店1985年初版、建築についての論考「建築と都市──磯崎新の建築的思考──」を読んだ。

《 建築空間においても都市空間においても、固定焦点の透視法は、もはやわれわれの体験する空間を表現することができない。 まわりをめぐり、なかを通過することによって体験される生きられた空間は、非連続的な多くの焦点の交錯によって受動的に統合される。(略)すぐれた建築においては、われわれは可能的な空間をたえず発見し、それをたえず新たな時空体として構成するのである。 》 175頁

 インスタレーションを連想。つづく「身体空間と舞踊」を読んだ。

《 古典バレエの約束事となった表層の〈振〉の多くは、人間的意味の物まね的解説として陳腐化しているが、より抽象化 された〈型〉は、物語の神話的・宇宙論的意味を深層から掘り起こす舞踊言語として、今なお物語を活性化する力を持っている。  》 185頁

《 振や型をもたない自由が、意外と早くパフォーマンスのパターン化をまねくというのは、現代芸術一般が直面する奇妙なパラドックスである。 》 190頁

《 ひきのばされる内実のない踊りがひきのばされるほど苦痛なことはない。 》 191頁

《 小空間で、音楽も装置も衣装もなく、持続しうる内実のあるあいだだけ踊られた比較的初期の舞踊が、しばしば最高の 達成として忘れがたい印象をのこすのは、そこに舞踊の裸形があるからである。 》 192頁

 舞踊を絵画に置き換えて読んでいた。

 ネットの見聞。

《 自己承認欲求は何事かをなすためのいい燃料なのだが、可燃性だけに、無分別にぶちまけると大火になるのぢゃ。 》  赤城毅/大木毅
 https://twitter.com/akagitsuyoshi/status/821355631823028225

 ネットの拾いもの。

《 天神に次期米大統領にちなんだトランプ柄恵方巻きが登場 アモーレ巻も 》 天神経済新聞
 http://tenjin.keizai.biz/headline/5773/?utm_content=buffera21fa&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer

《 【東京創元社編集部の陰謀】
  私「アルバイト様。今年いちばん大切な仕事……すなわち会社宛に届いた年賀状の当選番号を調べてほしいのです」
  ア「それは重大ですね!」
  私「いや本当に大切なのはここからで、もし1等が当たったら無言でおれに知らせてほしいんだ。委細はそのとき……」 》  tsg_kuwano
 https://twitter.com/209_500/status/820906848253452289

 切手シートが二枚当たった。昔、投函する年賀状の宛名とくじの番号を控えておいて、当選したらその人に連絡、と思ったが、面倒でやらなかった。

《 実は本人も派手にただ吠えたかっただけでまさか大統領になるとは思ってなかっただろうなw 》

《 「2万年に1人の美少女」 》