『金毘羅』

 笙野頼子『金毘羅』集英社2004年初版を読んだ。金毘羅の一代記いや語り手は四七歳だから半生記か。なんとも奇妙で 壮絶な小説だ。冒頭。

《 一九五六年三月十六日深夜、私は仮死状態で生まれました。産声を挙げたのは次の日の朝でした。しかしそういう言い方 だけだと判らない事実が、実はそこに隠されていました。正確に言うと、──。

  一九五六年三月十六日深夜ひとりの赤ん坊が生まれてすぐに死にました。その死体に私は宿りました。自分でも判らない 衝動からです。というか神の御心のままに、そうしたのです。 》 9頁

《 金毘羅が人間の中に入ってしまった所を外から見ると、単なるぼんやりしたいいかげんな奴に見えることが多いのです。 そして実際にそうでした。つまらない子供時代です。 》 58頁

 親たち人間と苦労して折り合いをつける生活が綴られる。そして。

《 ──金毘羅、それはそのようなカウンター習合の代表、トップ、である。 》 95頁

《 本当に人間のすることは判りません。何をするか判らないしそもそも人間にはまともな日本語は使えないのだ。 金毘羅にとって、人間程恐ろしいものはありません。 》 108頁

《 金毘羅とはあらゆる信仰を活性化するための力なのだから。金毘羅は器です。私はスクナヒコナを入れる器にもなれるかも しれない。金毘羅は何とでも習合するのだから。 》 200頁

《 ニ○○三年八月二十一日、さらなる運命の日、人間としての記憶はそこまでで終わりです。そうです。私は金毘羅に戻った のでした。 》 215頁

《 インドから金毘羅が輸入されるまで、そしてそれが私達海底の神的生物を活性化させて、その本性を挑発し目覚めさせるまで、 古いメジャーな神程漂っていたものです。無論、例外だっているが。 》 233頁

《 金毘羅単体は無論、神と神を繋ぐシズテムですから、どこかで神の声や人間の念が動いたりするとすぐそこに行ける。 》  236頁

《 なんと言っても金毘羅はカウンター神で、アマテラスとオオクニヌシには本来、敵わないのです。 》 242頁

《 つまり人間の女の子の魂は追い出されて死んだ。でも体は生きている。そこでその体に宿った私の金毘羅魂には人間の 知性や意志の働きが、たとえ鈍く、未発達な状態であるとしても刻みこまれてしまっていた。 》 282頁

《 ともかくここに単品で現れなかった以上、母はもう自分の生を終えたのだと、その時初めて、金毘羅の生を「たった八百年」 というように私は感じた。 》 285頁

 自叙伝、私小説を、金毘羅による神仏習合という壮大な法螺話(褒め言葉)の意匠のもとに書いた(換骨奪胎)小説か。 金毘羅に絡めた別の視点(カウンター)からの小説とも読める。昨日ふれた志賀直哉『暗夜行路』の二十一世紀版とも思えなくはない。 それにしてもなぜ金毘羅か。再読しなければ判らないだろうが(判らないかも)、忍耐力が、なあ。

 ネット、いろいろ。

《 一昔前に「ググれカス」という言葉が流行ったけど、今の検索は上位に出るのがNeverやアフィブログばかりの 「ググったらカス」状態であり、事前にある程度の知識がないと、正しい情報に辿り着けなくなってるんだよね
  「服を買うための服が無い」ならぬ「(正しい)知識を得るための知識がない」 》 脱税レイヤー風呂屋さん
 https://twitter.com/557dg4/status/848121383737413633

《 辻元清美へのデマより、昭恵の証人喚問だ 》 小林よしのり
 http://blogos.com/article/216454/

《 日本軍が守るはずだった沖縄。しかし逆に民間人を巻き添えにして惨状を極めた。ここまでやったアメリカだが、 今後は日本も守るから集団的自衛で手を組むのだと。戦争など所詮は政治の失敗であることを認識すべし。 そんなものに国民は踊らされてたまるか。 》 清水 潔
 https://twitter.com/NOSUKE0607/status/848020343805456387

《 原発「全電源喪失は起こりえない」、年金「最後の独りまで」、森友「関与してたらやめる」。すべて嘘八百、 それによる国民の損害は計り知れない。 》 希望の街へ
 https://twitter.com/th491/status/848341939879530496