『新訳 ステファヌ・マラルメ詩集』

 一昨日届いた柏倉康夫『新訳 ステファヌ・マラルメ詩集』を読んだ。フランス詩人ではシャルル・ボードレールアルチュール・ランボーロートレアモンは読んでいるけど、マラルメはずっと気になったままだった。読んでみると、前三者とはまた違った詩風だ。前三者の 深く屈折した心情が、マラルメにはさほど感じられない。暴風強風弱風微風を敏感に受け、流す、何気なくすーっと読ませてしまう、 しなやかな柔軟さ。音楽詩。マラルメマラルメなのだ。詩の貴族か。詩の良し悪し、翻訳の出来不出来を論じる力量は当初から持たぬ私は、 マラルメの詩の数行一行一言半句から連想の翼を広げ、勝手に羽ばたき、別人の詩歌、詩歌の断片へ飛ぶ。例えば「あらわれ」の第一行から 四行。

   月は悲しんでいた。涙にくれる熾天使たちは
   夢見つつ、楽弓を手に、霞むような花々の静けさのなか
   絶え入りそうなヴィオルから
   花冠の青色の上をすべりゆく白いすすり泣きを奏でていた。
        ×
   その晩は余りにも明るい月夜なので、小鳥が塒で鳴き出し、蟻が日々の仕事をしに這ひ廻り始めてゐた。

 ジュウル・ラフォルグ「パルシファルの子、ロオヘングリン」の一節。吉田健一・訳。
 ラフォルグには『地球のすすり泣き』という訳詩集があるが、持っていない。

 「たわいない願い」冒頭。

   公爵夫人! あなたの唇の接吻でこの陶器に浮かび出る
   青春の女神エベの幸運をねたみ、
   私は情熱の焔を燃やすが、一介の神父にすぎない身分では
   裸になってもセーブル焼きの陶器に描かれはしないだろう。
         ×
   ヨカナーンの首もなければ古伊万里の皿はしづかに秋風を盛る
                           照屋眞理子

 「懲らしめられた道化」第三連から。

   拳に握られたシンバルの陽気で苛立つ黄金か、
   突然、太陽が裸体で撃つと
   真珠母色の溌剌さは純粋なまま消え失せた、
        ×
   さて、曇り玉ひとつ
   浮きかつ沈み
   蕩揺のしづけさに酔ふ

   真珠母の夢

  日夏耿之介「真珠母の夢」の結び。

 「窓」の結び。

   この怪物に汚された窓ガラスを打ち破り、
   羽のない両の翼で、──永遠の空間を落下する危険を冒しても
   逃れゆく手立てはないものか?
         ×
   翼なき少女が窓を開け放つそのうつくしき飛翔のかたち
                        永田和宏

 「花々」第一連。

   天地創造の第一日、古の青空の黄金の雪崩と
   星々の永遠の雪から
   かつてあなたは いまだ若く災厄に汚されていない大地のために
   花々の大きな萼を取り除けられた、
        ×
   空は石を食ったように頭をかかえている。
   物思いにふけっている。
   もう流れ出すこともなかったので、
   血は空に
   他人のようにめぐっている。

  飯島耕一「他人の空」後半。

 「春の訪れ」結び。

   やがて樹木の芳香にのぼせて倒れ伏し、倦み疲れ、
   顔でわが夢に穴をうがち、
   リラが萌え出る熱い土を噛みながら、
   私は待つ、深淵に身をおきつつ倦怠が立ち上がるのを・・・
   ──だが青空は垣根の上で笑い
   花のなかの鳥の群れは太陽にさえずりながら目覚める。
        ×
   ライラック来 蟹股の神ら    加藤郁乎

 「──苦い休息には飽きた・・・」結び。

   その一角を凍った水面にひたす、
   遠くない辺りにはエメラルド色の三本の長い睫毛、それは蘆。
        ×
   近江なる湖(うみ)のほとりの彼岸花額田王の睫毛がそよぐ
                      尾沼しづえ

 「プローズ」第五連。

   多くの菖蒲が咲き乱れる土地、その景観が、
   存在したかどうかは花たちが知っていて、
   夏のトランペットの黄金が挙げる
   名を持ってはいないと語るとき。
        ×
   少女らに雨の水門閉ざされてかさ増すみづに菖蒲(あやめ)溺るる
                      松平修文

 「──汚れなく、生気にあふれ、美しい今日は」第四連。

   その純粋な輝きがこの場に示す幻は、
   無駄な逃亡の間に白鳥が身に負う
   軽蔑ゆえの冷たい夢を思って身じろぎもしない。
                 ×
   地に砂鉄あり、不断の泉湧く。

   また白鳥は発つ!

   雲は騰(あが)り、塩こごり成る、さわけ山河(やまかは)。

  吉田一穂「白鳥」最終連。

 「三幅対をなすソネ」第三連。

   過去の避けがたい苦悩が
   猛禽の爪のように、
   否認の墓をしっかりと捉え、
        ×
   夕焼のにじむ白壁に声絶えてほろびうせたるものの爪あと
                       前川佐美雄

 「短信」第一連。
   くだらぬ話題の突風が
   通りを占拠するわけでもないのに
   帽子の黒い飛び交う様がよく起る、
   そこに現れたのは一人の踊子
        ×
   疾風に逆ひとべる声の下軽羅を干して軽羅の少女
                       相良宏

   フランス語訳してしまえ花のように
      かきうつす手のすでなる結論    岸上大作

 身勝手な付合は愉しい。私だけのお馬鹿な愉しみかも。

 朝はカンカン照り。洗濯物が早く乾くなあ、と思っていたら、午前十時を過ぎて急速に雲が広がり厚くなり、土砂降り。 予感して取り込んだ洗濯物はもう大分乾いている。やれやれ。雷鳴。PC電源を切る。
 午後雨の中、お盆のお経をあげにお坊さん来訪。見送り、きょうの仕事がすんだ。

   仏壇の扉(と)をひらくときふとたてる
     その袖の香をしづかにはらふ   松本勝

 ネット、いろいろ。

《 特集「中動態の世界」 第一部 國分功一郎×大澤真幸「中動態と自由」 》 週刊読書人ウェブ
 http://dokushojin.com/article.html?i=1580

《 「国会用語辞典」。「真摯に対応する」= 無視すること。「遺憾に思う」= 反省したり謝ったふりをする事。 遺憾の本来の意味は「残念」だから。「丁寧に説明する」=国会に出てこないで外遊すること。「反省すべきは反省する」= 何を反省しているかは言わないこと。首相の責任に帰するから。 》 市田忠義
 https://twitter.com/ichida_t/status/885029863417139200