渡辺崋山

 大岡信水墨画私観」「吉沢忠著『渡辺崋山』」を、『大岡信著作集 第五巻』青土社1977年初版で読んだ。前者は華山の晩年の作「千山万水図」から 筆を起こしている。

《 この山水のもつ奇妙な魅力の一端は、それが実は普通の意味での山水画ではない、あるいはそうあることを拒絶しているところにあるのではなかろうかと 思った。(中略)それはおそらく、華山がここで西欧絵画のリアリズムを意識的に山水画において試みているからだ。ここに描かれている千山万水の、たとえば 山肌の陰影には、ヨーロッパの風景画における陰影に近い光線の効果への配慮があるように思える。 》 303頁

《 いずれにせよ、「千山万水図」は、山水画であろうとしつつ、「写真」的でもあろうとして、ある重たい折衷性を帯びてしまったように思える。(中略) この絵は、山水画であるよりも、ヨーロッパ的な意味での風景画に、少なくとも理念の上で近づいているのではなかろうか。 》 305頁
 http://www.shizubi.jp/blog/2017/08/post-182.php

 先月6日に記した『文人畫三大家集』審美書院明治42(1909)年初版には「千山万水図」は未掲載。昨品評価の変遷を辿ってみたくなる。大岡信雪舟以下 画人たちを論じ、その結び。

《 南画は、日本でその精神が論じられたような在り方においては、ついに大雅のような天才、あるいは玉堂のような鬼才によってしか完成され得なかったであろう。 そして完成ののちには虚空だけがあった。個々の才能だけが忽然として絶巓をきわめうる世界、ここには西欧的な意味での様式の継承、発展はあり得なかった。 これもまた日本の文芸の世界と酷似した事情である。そして天才でも鬼才でもなかった華山は独力で南画の精神主義とは逆の方向へむかって模索を開始しなければ ならなかった。こうした事情は今日でも形を変えただけで残っているというのがぼくの感じである。  (一九六一・九) 》 314頁

 上記の論述にひどく説得力を覚える。続く「吉沢忠著『渡辺崋山』」(一九五九・八)から。

《 ぼくの感じからすれば、この本では画家の生き方がかなり一方的にその絵の評価に結びつけられているように思えるのだ。 》 321頁

《 しかしぼくは結局のところ、東洋画日本画を扱った文章の多くが、画家の細密な伝記でなければ作品のかなり退屈な解説か、年代記的羅列であるという現状に 対して不満なのだ。 》 321頁

 一九五九年の大岡信の不満を、現在の私ももっている。

 昨日近所の本屋から入荷の電話、新刊の清水高志『実在への殺到 Real Rush 』水声社2017年初版帯付を受け取る。

 ネット、いろいろ。

《 県庁で会見中、標本マダニ“逃亡” 》 宮崎日日新聞
 http://www.the-miyanichi.co.jp/kennai/_27859.html

《 「紙でヴィトンの財布を作りました」⇒目が飛び出るクオリティ、新作かよ! 》 FEELY
 https://feely.jp/71196/

《 澁澤は「絶対を垣間見んとして」を書き、三島由紀夫の死を理解しようとし、吉本は『共同幻想論』が三島に届いていれば、或いは……と考えた。 通常、澁澤と吉本は、三島を鏡とすると対極的なのだが、吉本は『書物の解体学』でバタイユ論を書き、更には非知と親鸞を絡めて思考し、出口に近い位置にいた。  》 原田 忠男
 https://twitter.com/harapion/status/904690154266255361

 澁澤龍彦吉本隆明出口裕弘。『書物の解体学』『親鸞』は本棚にある。読もうと思う本が目白押し……。

《 要するに新しいモラルや職業観を持つ"新人類"を描いたということなのだが、ただ、それ以外は何もないに等しい三文恋愛小説で、 これで当時の読者は満足したのだろうか? /夏目漱石『それから』 》 daily-sumus2
 http://sumus2013.exblog.jp/28123512/

 『それから』は、最後の場面を覚えている。ここまで書かれるとは痛快。大岡信夏目漱石論』、「ニ 『門』まで」冒頭。

《 修善寺の吐血後の漱石について論ずるためには、それ以前の漱石についての知識を必要とする。従って私は先ず『それから』及び『門』を一つの峰とする 吐血前の漱石について考察せねばならない。『それから』については既に漱石の長編小説作家としての慎重な心構えと準備のもとに作られた作品であり、 又作品そのものも最も均衡のとれたスケールの大きなものである点で、漱石の一代表作であることがひろく認められているのであるが、私には『門』も それに劣らず重要な位置を漱石の作家経歴の中に占めるものであると思われる。 》 『大岡信著作集 第四巻』青土社1977年初版、374頁

 三浦 雅士『漱石―母に愛されなかった子』岩波新書への鹿島茂の評にはこんなくだり。

《 こうした欠如ゆえの過剰防衛的性格は、母親が登場しない『草枕』や『虞美人草』、さらには『三四郎』『それから』『門』の前期三部作でも、 また晩年の作品でも男女関係に転位され、大きなライトモチーフとなっている。このあたりの分析は見事というほかないが、ひとつだけ挙げるなら『それから』で 三千代が代助に「なぜ捨ててしまったんです」と問い詰めるクライマックスの解釈だろう。 》
 https://allreviews.jp/review/1040

 再読しなくては判断がつかない。

《 あのとき裁判所は? 著者 宮本 康昭ほか 出版 ひめしゃら法律事務所
  あっと驚く事実が満載の、強烈なインパクトたっぷりのブックレットです。 》 福岡県弁護士会
 http://www.fben.jp/bookcolumn/2017/09/post_5162.html

《 仮想通貨は否定神学か 》 ゲンロン友の声
 http://genron-voices.tumblr.com/post/165006634884/%E4%BB%AE%E6%83%B3%E9%80%9A%E8%B2%A8%E3%81%AF%E5%90%A6%E5%AE%9A%E7%A5%9E%E5%AD%A6%E3%81%8B

《 哲学と経営の関係 》 ゲンロン友の声
 http://genron-voices.tumblr.com/post/165006677924/%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%81%A8%E7%B5%8C%E5%96%B6%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%BF%82

《 倫理は可能ですか? 》 ゲンロン友の声
 http://genron-voices.tumblr.com/post/165006605519/%E5%80%AB%E7%90%86%E3%81%AF%E5%8F%AF%E8%83%BD%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8B

《 ちょっといい作品はほとんど女性だ。女性はアートに向いている。女性は男性のようにあれこれ考えないで、感覚に忠実である。目的も結果も考えない。 アートはそれでいい。 》 横尾忠則
 https://twitter.com/tadanoriyokoo/status/905002613673885697

《 冷奴を作るのが面倒なので、豆腐のパックを開けて、おもむろにだし醤油をかけて食っている。これまでは、このスタイルで特に問題なかったのだが、 先日、酒飲みながら食っていたら、ふと気付くと、だし醤油のソーダ割りが入ったコップを持っていた。飲む前で良かった。 》 総統
 https://twitter.com/soutou_d/status/904912452508303360