『北方の竪琴』(閑人亭日録)

 富士川英郎譯詩集『北方の竪琴』小沢書店1988年刊を少し読んだ。

《 原詩人はすべてで三十一人、みなドイツの詩人であるが、その詩百四十餘篇が本書に収められてゐる。 》 「あとがき」 394頁

 譯詩はすべて旧漢字旧仮名遣い。引用では旧漢字を常用漢字に改める。冒頭の詩、ヴォルフガンク・フォン・ゲーテ「至福なる憧憬」第一連四行。

   聖者(ひじり)ならぬ者にはな告げそ
   ひとびと聞かば嘲(あざけ)らん
   われは 炎(ほむら)の死をば求(もと)むる
   たまきわる生命(いのち)を称(たた)へんとす と

   旧漢字旧仮名遣いならまだしも、こ、これは・・・。退散したくなったが、次の詩人フリートリヒ・ヘルダーリンの二番目の「故郷」第一漣四行は。

   舟人(ふなびと)は収穫(かりいれ)を了へて 遠い島から
   嬉々として故郷(ふるさと)の静かな流れへ戻ってくる
    かちえた悩みほどにも多くの宝を得たのであつたなら
     そのやうに私も故郷(ふるさと)へ帰つてゆきたい

 これなら気楽に読み流せる。というか読み流して愉しむべき流麗な調べの譯文だ。そう、朗読に向いている。フーゴー・フォン・ホフマンスタール「小曲三章」から「3」。

   あの娘(こ)が言つた「私はあなたを引きとめません
   あなたは何も誓ったわけではないし
   ひとを引きとめてはいけないのです
   ひとは操(みさお)のために生まれてきたのではないですから

   あなたの道をお行きなさい
   かはるがはる国々を見て
   いろいろな寝台(ベッド)で疲れをいやし
   いろいろな女の手をお取りなさい

   お酒があまりに苦(にが)くなつたら
   マルヴァジールをお飲みなさい
   そして私の口がもつと甘いと思はれたなら
   そのときはまた帰つておいでなさい」

 理想の女性だな。いや、真正の悪女、と女友だち。視点が違うわあ。リヒャルト・シャウカル「貝殻」全編。

   貝殻のなかには眠ってゐる
   むかし むかし 幸福の
   竪琴が鳴ってゐたといふ
   不思議の島 アトランティスの歌が

   行きずりに 心なく 貝殻にふれてはならない
   そつと耳にあててみるがよい
   お前の青春が失つた 甘い 憧憬の嘆きの声が
   そのそよぎのなかに聞かれよう

 作品は作品を呼ぶ。ジャン・コクトー「耳  ──カンヌ第五──」(堀口大學訳)。二行詩。

   私の耳は貝の殻
   海の響をなつかしむ

 朝、源兵衛川中流、三石神社脇の茶碗のカケラ、ガラス片を拾う。つい長く作業~重い~ころびそう~。帰宅。ふう。汗~。コーヒーが旨い。
 県外へ出かけないのは無論、生活圏外へさえ出ていない日々。それでも不満はない。いい場所だわあ。

 ネット、うろうろ。

《 画家の山口晃さんが「新規性というのは時代のながれで大事なものがズレたときに元に戻すことであって、古いものは新しさを装ってあらわれてくる」 とTV番組で話していた。寺山修司の「新しいものとは、忘れていたものを思いだすこと」という言葉を思いだす。 》 中島 智
https://twitter.com/nakashima001/status/1332565292547858432

《 時価総額と言えば思い出す。1990年、世界のトップ30のうち22社が日本企業だった。
  これはノスタルジーでも現状悲観でもなく。冷静たれと思う。 》 domingo ULTRA LUNCH
https://twitter.com/ULTRALUNCH/status/1332299283152793600