『唯識・華厳・空海・西田』ニ(閑人亭日録)

 竹村牧男『唯識・華厳・空海・西田』青土社2021年初版、「第一章 唯識の哲学(一) 事的世界観としての唯識思想」を読んだ。簡明な文章だけれども、難解というか 複雑でよくわからん思想だ。

《 唯識思想は、インド古代、およそ四~五世紀の頃、弥勒・無著・世親によって大成された思想体系で、非常に精緻な哲学を展開するものである。それは、大乗仏教の 世界観ともなっており、仏教を理解するためにはこの唯識思想をよく把握しておくことが望ましい。 》 27頁

《 唯識といえば、唯心と同等と思われやすい。多くの人は唯識思想とは、唯物論に対する唯心論であろうと想像するのではないだろうか。 》 28頁

《 唯識思想では、識に、眼識・耳識・鼻識・舌識・身識の前五識、第六意識、第七末那識と、第八阿頼耶識の八識を立てる。この八識が、一箇の人間だという。 》 29頁

《 視覚は、視覚の中に浮かんだ映像を視覚自身が見ているわけである。そのはたらきを心と言えば。心は心の中に映像を浮かべてそれを見ているようなものということに なる。けっして外の物を写しとる鏡のようなものではない。心は、心の中に、対象面を有して、しかもそれを見ているものなのであり、そこに対象面と主観面の双方が 存在しているものなのである。それは種々の色が見えている事実の一つの表現でもあり、すなわち事そのものでもあるわけである。
  唯識思想で説く識とは、まさにそのようなもので、一つの識の中に、対象面と主観面とを有したものをいう。術語でいえば、一つの識にはその内部に、相分と見分とが 存在しているのである。 》 30頁

《 ともかく、識は相分と見分とを持つものなのであり、それ自身、事の理論化にほかならない。その意味で、唯識とは唯心なのではなく、唯事ということなのである。 》  31頁

《 しかし唯識思想では、まさに唯識というのであるから、外界の実在は認めない。 》 31頁

《 このような五感と意識に関しては我々も自覚しているところであるが、唯識思想ではその奥に、さらに末那識と阿頼耶識とを設定している。末那識は意識の直下にあって、 絶えず自我を執着している識である。(引用者・略)阿頼耶識の特に見分を対象にして、そこに常住・不変の自我があると考え、それに執着するのである。 》 32頁

《 そのさらに奥に、第八阿頼耶識があるという。末那識も無意識の世界であるが、阿頼耶識は不可知とされ、まったくの無意識の世界である。》 33頁

《 この阿頼耶識は、過去の一切の経験の情報を貯蔵している世界なのである。過去一切の経験とは、この世に生まれて以降のすべてというわけではない。仏教では輪廻を 考えているので、無始の過去以来、生死輪廻してきた際の、ありとあらゆる経験の情報を貯蔵していることになる。生物学的に言えば、アメーバ以来の進化のすべての情報を 有しているということである。唯識思想は、この阿頼耶識において、生死輪廻が運ばれていくと説明したのであった。 》 33頁

《 末那識は、我執の識であった。前にも言うように、末那識は阿頼耶識の見分を外の対象にして、内なる相分に常住・不変・主宰者のようなものの映像を浮かべて、それに 執着する。仏教は釈尊以来、無我を説いてきた。そこで否定される我とは、常・一・宰なるものと定義されており、すなわち常住で不変でしかも主体として考えられたもの である。(引用者・略)この識の活動があるので、意識もしばしばエゴイスティックになってしまう。ともあれ、末那識の相分には常住の自我の映像(ようぞう)が 描き出されているわけである。 》 34頁

《 しかし阿頼耶識も識である以上、そこに相分と見分とを有したものでなければならない。(引用者・略)要は身体と環境をその相分に有しているというのである。 前にも言うように、それがどのようなものであるかは、不可知である。我々が知っているのは、五感に映し出された姿のみで、その本体がどのようなものなのかはわからない。
  ここにはまず、物と心(世界と主観)が対峙していて、その心が物を感覚・近くするという構図はない。いわば心の中に身体と環境とが維持されていて、そこにおいて 見たり聞いたりがなされているとうのである。 》 34-35頁

《 こうして、カントの物自体に相当するものを、唯識思想では阿頼耶識の相分に見出すのである。そこで、唯識と言えるわけである。 》 35頁

《 唯識説の場合、行為とは結局、七転識(前五識・意識・末那識)の活動である。要は見たり聞いたり考えたりである。その活動は、その刹那に直ちに阿頼耶識に その情報を植え付ける。 》 39頁

 以降、「五位百法の分析」「感覚の世界の特質」「言語の本質」「三性説の理論」「現象と本性との関係」と魅力的な、難しい論述が続く。ふう。

 きょうは珍しいことがあった。龍澤寺の雲水たちが托鉢に歩いている。七の日だからだろうが、今年初めての見聞。初めてといえば、不要物買取の電話はたまにあるが、 今朝のは不要な古本を買い取ります、といもの。全部処分したと応えた。誰かからか聞いたのかな。初めてといえば昼、カップヌードルを食べた。記憶にないので多分 七十歳にして初体験。まあ、また食べたいとは思わないが。初めてといえば淡島椿岳の辞世の歌。今まではさまざまの事して見たが、死んで見るのはこれが初めて。

 ネット、うろうろ。

《 地球上のどこよりも温暖化が進んでいるのは、麻生太郎というウルトラ馬鹿のオツムの中だと思う。 》 きっこ
https://twitter.com/kikko_no_blog/status/1453021882467246080

《 この寺の住職はおもしろい。 》 ウーハ店長
https://twitter.com/cafeuha/status/1452826120680656898

《 昨日の寺子屋ゼミは齊田さんの渾身の「パソナ論」。ポストコロナ時代の富の最終的な源泉は「人間」と「土地」だという話になりました。これから 「人間と土地の囲い込み」が始まります。過去の囲い込みと同じで、巨富を得るためには「人間も土地も無価値だ」という信憑をまず刷り込む必要があります。 》 内田樹
https://twitter.com/levinassien/status/1453143705922064389

《 人材派遣と「地方創生」がめざしてきたのは、「人間はいくらでも替えが効く」と「地方の土地は政府助成をつけて支援しなければ誰も使う人がいない」という二つの 「嘘」を国民に信じ込ませることでした。それを30年かけて仕込んできたんです。やるなあ。 》 内田樹
https://twitter.com/levinassien/status/1453144217492938755

《 この趨勢への反抗があり得るとすれば、それは「人間はかけがえがない」ということと「過疎化・無住化する土地は都市一極集中している資源を離散することで 活用できる」と訴えることだと思います。 》 内田樹
https://twitter.com/levinassien/status/1453145005086760960

《 「新しい資本主義」というのは資本主義への「テコ入れ」ということだと思います。だとすれば、『資本論』にある通り、資本の原初的蓄積のプロセスを再演するはず です。つまり、労働者に「お前たちは最低賃金での労働以外に売るものがない」と告げること。もう一つは 》 内田樹
https://twitter.com/levinassien/status/1453145657259167754

《 「土地の生産性を上げるためには、私企業が私有して、営利目的で運用することが必須である」と告げること。この二つで19世紀イギリスの資本主義は テイクオフしたわけです。同じことを日本の資本主義者たちもやります。必ずやると思います。 》 内田樹
https://twitter.com/levinassien/status/1453146207358898179

《 ですから、淡路島でいま行われていることに注視する必要がある。「最も安い賃金で働き雇用調整が効く労働者を組織的に生み出す」ことで巨利を得た企業が過疎地で 公的助成を受けて営利事業を大々的に展開しているんですから。ここを観察していれば日本における「囲い込み」の手順が知れると思います。 》 内田樹
https://twitter.com/levinassien/status/1453152660782141449

《 日本が唯一、夫婦に未だ同姓を強いる国なのは、唯一、未だ教育制度と選挙制度に前時代的欠陥があり、残念な小学生並みの思考力でも議員となって、 その座に居座り続けられる国だからだと判った。 》 津原泰水(やすみ)
https://twitter.com/tsuharayasumi/status/1453069020014411779

《 話題になっているようですので、もう1度貼っておきますね。1番下の右側を良く見てくださいね。 》 ふくまちぶね
https://twitter.com/lvM72HqZ2hgb1mZ/status/1452916120852189187

《 実は昨夜のニュースウォッチ9のインタビュー中にも、
  「戦狼(せんろう)外交とはなにか、一般視聴者向けに分かりやすく説明を」
  と求められたのですが、
  この中国駐大阪総領事のツイートがまさにその好例。

  「中国の意に添わない相手を、SNSやメディアを使って罵倒・攻撃すること」です。 》 東野篤子 Atsuko Higashino
https://twitter.com/AtsukoHigashino/status/1453054039252353024

《 番組中の私の二つ目のコメントは、
  ヨーロッパの中小国を対象として展開されている中国の戦狼外交について、(戦狼外交という言葉を使わずに)解説したものだったのです。

  上記の総領事のツイートは、戦狼外交が国家や人物に留まらず、NGOにも及んでいるという実態を示す、大変分かりやすい事例です。 》 東野篤子  Atsuko Higashino
https://twitter.com/AtsukoHigashino/status/1453054041362030593