『〈私〉をめぐる対決』お休み(閑人亭日録)

 永井均森岡正博『〈私〉をめぐる対決──独在性を哲学する』明石書店2021年12月15日初版第一刷、読書はお休み。

 昼食は三島駅近くのそば屋。店長が代わったせいか味が変わり、友だちももう行かない、と。だなあ。店を出て楽寿園へ。友だちの友だちに合流。彼女たちは食べている かき氷を「美味しくないよ」。お互いさま。豆汽車に乗車した後、彼女たちと別れて勉強会へ。午後五時前、降り出した雨のなかを帰宅。ふう。読書はおやすみ。
 http://www.gwmishima.jp/modules/information/index.php?lid=2308&cid=1
 北一明の、胴がへこんだ河南風耀変手びねり磁土碗とぐっと小さな丸い青白釉茶入を並べて鑑賞。どちらも茶道具と見られるが、私は芸術作品のオブジェと見ている。
 オブジェ=物体の意味。芸術的には、本来の目的から独立させることで象徴的な意味を持たせた置物。
 下のツイートに頷く。

《 物事を形式的に理解するよう訓練された思考では、「実体」がどんどん変質しても「名称」が同じなら変化に気づけない。 》 山崎 雅弘
 https://twitter.com/mas__yamazaki/status/1524250675835981824

 ネット、うろうろ。

《 「あす日本復帰50年 核配備論に猛反発 沖縄で『共有』を警戒』終戦50年じゃない、日本復帰50年なんだ。それまで色々あって50年となったわけだが、かつての密約の 例もあり、またも核の最前線となる懸念は消えないのだ。復帰の条件「核抜き・本土並み」を噛みしめるべきだ。このままじゃとても祝えない。 》 立川談四楼
https://twitter.com/Dgoutokuji/status/1525322733768151040

《 英米で再評価の「江戸川乱歩」「横溝正史」 なぜ今「エログロ」が必要とされるのか/風間賢二 》 デイリー新潮
https://www.dailyshincho.jp/article/2022/05141058/?all=1