『レンマ学』六(閑人亭日録)

 中沢新一『レンマ学』講談社二○一九年八月六日 第一刷発行、「第六章 フロイト的無意識」を読んだ。多岐に亘っているので、理解が追いつかない。ま、毎度のことだけど。とりあえずメモ。

《 レンマ学は心理学の風景を一変させる。 》 132頁

《 フロイト的無意識が自分を根拠づけるものとして想定していたその「もの」こそ、じつは私たちの考えるレンマ的無意識にほかならない。 》 144頁

《 レンマ的無意識は人間の心的現象の外におきざりにされた「もの」ではない。一心法界の示す様態として、心的現象あるところすべての場所に偏在し、法界の全域で活動を続けている。 》 150頁

《 このように無意識こそが「善」の根源であって、それはほんらい理性の外におかれている。そうだとするならば、社会的に承認される「善」なるものは、虚妄としてしか存在しないことになる。これを別の面から見ると、「快楽原則」を抑制するところに「善」も現出しないことになる。これが文化や文明の抱える根源的なジレンマである。  》 154頁

《 レンマ的無意識の融通無礙な活動のうちにのみ「快楽(けらく)」と「善」は、その全一な姿をもってあらわれると考えたとき、大乗仏教は、「文化への不満」へとたどり着いていくフロイトの思想が、根源的な地点で乗り越え可能であることを示唆している。レンマ学の立場に立つとき、心理学はいまだに未踏破の広大な領域を放置していることが、はっきりと見えてくる。 》 153-154頁

 昼前、源兵衛川中流、下源兵衛橋下の茶碗のカケラ、ガラス片を拾う。川岸のハーブを抜く。帰宅。一汗。着替える。ふう~。今年最後の作業で少し頑張り過ぎたかな。 午後、ぐったり。

 ネット、うろうろ。

《 「国民に対する背信だ」原子力規制委、経産省と不透明なやりとり 原発60年超巡り面談7回、内容公開せず 》 東京新聞
https://www.tokyo-np.co.jp/article/222433

《 国民を拷問にかけたら駄目だぞ、残虐なことをしたら駄目だぞ、とわざわざ憲法に書かないといけなくなったのはなぜかよく考えような。絶対に駄目だぞと念を押さなければならなくなった時代背景をよく考えような。絶対にだぞ…。憲法第36条「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。」 》 さかいとしゆき (Sakai Toshiyuki)
https://twitter.com/SakaiToshiyuki0/status/1608178885933367296

《 学術会議の件、ご存知ない方も多いかもしれないので補足すると、二年間、梶田会長及び執行部はずっと大臣、官房長官含め与党と会談し、協議を続けてきました。しかし、そこでの話合いでは伝えられていなかった内容が十二月にいきなり色々出てきたのです。 》 おきさやか(Sayaka OKI)
https://twitter.com/okisayaka/status/1607971052348674049

《 不祥事の際にトップが

  「改革の道筋をつけるのが私の責任」などと言って居座るのは、よく見かける光景だけれども。

  任命責任を問われたトップが、

  「仕事全般の責任を果たして職責をまっとうしたい」って、何言ってんですか?って感じよねぇ

  よりストレートに「辞めません」って言ってるわけだ😔 》 buu
https://twitter.com/buu34/status/1608060987655204871

《 岸田首相の任命責任は、これまでの閣僚更迭とは重みが違う。なぜなら、任命後に新たに悪行が露見したり、新たな悪行をしでかしたわけではなく、任命前の「実績」により、こうなったからだ。岸田の全責任において、この人事が間違っていたことを認めたってこと。 》 白井 聡/Shirai Satoshi
https://twitter.com/shirai_satoshi/status/1607672489190240258