深い味わい(閑人亭日録)

 昨日、絵の密度が濃い薄いを話題にしたが、設問を間違えていた気がする。鑑賞する側から見て、その絵が味わい深いかどうかが、大事なのだ。絵の密度の濃い薄いのではなく。鑑賞する側にとってその絵が味わい深いか否かが、大事なこと。鑑賞する側に判断が委ねられていることには変わりがないが、鑑賞する側の鑑賞力が問題になる。しかし、味わい深いとは、これまた定義の難しい言葉だ。なんだかんだと逡巡、思案クレールだ。権威筋が高く評価するから、という理由で「あの絵はいいねえ」と誉めることはしたくない。「裸の王様だ」と叫んだ子どものようでありたいと思っている。他人様がいいと言っていても、どこがいいのかワカラン、と恥ずかしげもなく言うジジイでありたい。自分の判断が間違っているとわかったら訂正すればいい。まずは深い味わいを実感すること。食べ物ならある程度実感できるが、絵画ではそれがじつに難しい。鑑賞力をどうやって身につけていくのか。適切な方法は、その絵を気に入ったのなら、その理由を書いてみることだろう。人を好きになった理由は無い、と言ってもその理由を告白したくなる。それと同じこと。けれども、そう簡単に惹かれる理由を言えるわけがない。つりたくにこさんのマンガになぜ惹かれるのか、未だにはっきりと言えない。その画面から深い味わいを感じるが、それを他の言葉で表現できない。そんなもんだなあ。出合いから半世紀余が経っても、惹かれる理由をうまく表現できない。昨日の内田公雄氏の小さな絵についても、それに惹かれる理由を今もって言葉にできない。しかし、私には味わい深い絵だ。それでいい。