美しいの対立語は醜い。では、美の対立語は何だろう。これは難問。私には手に負えないが、この日録でいろいろ案出した。美の概念そのものを考究するのではなく、美の周辺部を巡って外堀を埋めるようなことをした。19日に書いたように、否定形でしか言い得ないもの、こと。ちょっと再掲。
美は、時代を超越する。美は、同時代には「美しい規準」に外れているとされる。
美は、「美しい規準」から外れたもの。美は、「美しい規準」を震撼させるもの。美の規準は、ない。
美は、美しくはない。美は、鑑賞者の心に衝撃を与える。美しくない美は、鑑賞者を戸惑わせ、果てには黙殺される。
そんなことを再考していて浮かんだ作品が北一明の陶作品『デスマスク 怨の瞳』1984年。ページの下のほう。
http://web.thn.jp/kbi/ksina.htm
「デスマスク・怨の瞳」解説。
http://web.thn.jp/kbi/kitmask.htm
地元のギャラリーで出合った時は、何だろう?異様だな、だった。他のデスマスクとはどこか違う・・・。じっと見ていると青いガラス様のものが瞳のように見えてきた。それから気になった。異様=醜い、嫌いな作品では、ない。これは人の表情なのだ。急に親近感を覚えた。出合った時の衝撃が収まり、そのあとに来る不思議な印象・・・。購入。嫌いな人も当然いるだろう。美しくないのだから。これが美の引力・斥力なのだろう。美とはそういうもの。美とは異形のもの。