奥野淑子、北一明、つりたくにこ(閑人亭日録)

 強い風の吹く曇天の午前、何日かぶりで北一明の黒系の茶盌、三客を卓上に並べる。どれもいわば二級品。二級品といっても見事な作り。一級品は頂点のようなもの。それ以上は望みようがない茶碗。手に触れるのもこわい。二級品は、富士山でいえば八合目九合目。あと一息で頂上を極める地点。その上へ、その先への期待が持てる。まあ、頂上の茶碗をもっているからこそ、言えること。北一明の一級品は、陶芸界で並び称される作品はないだろうと、市井人は勝手に思っている。四十年ほど前に制作(焼成)された耀変茶盌に匹敵する茶碗は、管見だが未だに見たことがない。亡くなって十年。相変わらず話題にもならない。飯田市に記念館が開館した記事が地方の新聞にちょこっと載ったくらい。
 https://www.kitakazuaki-kinenkan.jp/
 木口木版画の奥野淑子さんの個展の案内葉書の小さな画面に瞠目。初日にその未知の作家の初個展へ勇んで行った。後から来た年配の紳士は、美術雑誌の小さな紹介記事の作品を見て来廊。寝坊して大幅に遅刻した奥野さんに紳士は「いちばん高いものを買う」と。そして「この先どうなるかわからないが」と続けた。慧眼の士はいるものだ。私は小さい作品を一点買った。以前にも書いたが、小原古邨の画集に掲載する木版画の写真撮影に来た某美術雑誌の編集長に奥野さんの木版画を見せたところ、その場で「電話してください」と頼まれ、電話をつないだ。子育てで木版画の制作は途絶えているようだが、果報は寝て待て。まずは新作よりも過去の作品に光を当てるべきだろう。日本の木口木版画では最高の位置にあると、私は思う。
 http://web.thn.jp/kbi/okuno.htm
 小原古邨は、2001年のオランダ・アムステルダム美術館での日本人初の企画展「小原古邨展」を、NHKテレビをはじめマスコミ各社へお知らせしたが、すべて無視された。そして2018年、茅ヶ崎美術館で小原古邨展が催され、eテレ「日曜美術館」で紹介されて人気沸騰。
 https://www.chigasaki-museum.jp/exhibition/2089/
 奥野淑子、北一明、つりたくにこ三者は、日本ではいつ話題になるのだろう。