『アートの力』再読(閑人亭日録)

 マルクス・ガブリエル『アートの力──美的実在論』堀之内出版2023年4月28日 第一刷発行を少し再読。ベルナール・ジェニエス序文」。

《 アート作品とは何よりも、固有の意味を自ら生み出す、ユニークで異なる作品である。作品に没入したり、作品を拒絶したりするわれわれの反応は、そこから引き起こされるのだ。 》20頁

 「アートの力」を読んだ。

《 本書で私が主張したいのは次の考えだ。すなわち、人類の起源はアートだということ。私たちが自分を独自の動物として思い描いたそのはじまりに、アートがある、ということだ。 》14頁

《 想像力はいかなる意味でも現実を超越しない(というか、何ものも現実を超越しはしない)。想像による現実の変容は、まさに現実の内部で起きている。私たちが想像することは、想像される限りにおいてまさに現実なのだ。 》36-37頁

 「アートの価値」を読んだ。

《 私が拠って立つ芸術哲学の観点においては、美とはなにかが成功していることを示す言葉である。美は単に美学的な成功を示す規範の名であり、醜悪はその反対である美学的失敗の名にすぎない。 》52頁

《 別の言い方をすれば、私たちは美しいものの経験を、快楽から区別すべきなのだ(両者はたいてい結びつくことが多いとはいえ)。 》53頁

 「美学と知覚」を読んだ。

《 私たちが対象を知覚できるのは、その対象と同じ領域に存在しているからにほかならない。 》59頁

《 カント哲学の核心をなす前提には、近代哲学と同じ基礎的誤りがある。精神と世界を対立させるという誤りだ。 》61頁

《 結局のところ、現象学は私たちの感性を軽視している。私たちが現実と接触するやり方をあまりにも軽く見積もっているのだ。 》63頁

《 アート作品は、科学的対象であれその他の対象であれ、普段目にする対象とは明らかに異なる。というのも、アート作品は知覚関係のなかに入り込むことで、自分自身を知覚させるからだ。言ってみれば、アート作品には、人に自分を思考させる能力があるのだ。そしてその能力は、私たちがアート作品について考えるときに発現する。 》66頁

《 先に第二の知覚モデルの大まかな特徴をも見た方が、私の議論の方向を理解しやすいだろう。私はこれを新実在論モデルと呼んでいる。新実在論モデルは、射映(ABSCHATTUNG)の疑念を、波動(ABSTRAHLUNG)という場の概念に置き換える。 》67頁

《 私たちがモネの絵の上に知覚するのは、私たちの太陽の知覚である。つまり、そこで私たちはひとつの関係を知覚しているのであり、ありふれた対象を知覚しているのではないのだ。
  美的経験、すなわち、アート作品の知覚は、一般に間接的段階の知覚関係である。知覚関係についての知覚関係なのだ。 》74頁

 わかるようでわかりにくい。もどかしい。

 ネットの遭遇。
 ”ときめきによって免疫を上げる”という表現に出合う。そう、ときめきが必要。
 ”まったくこの暑さには、慣れることなんて金輪際なさそうである。”そうだなあ。