『死霊 七章《最後の審判》』三(閑人亭日録)

《  おお、「自己存在」!
   さて、いま、ここに、ようやく在ることになったその「自己存在」こそは、長い長い驚くべきほど長い「物質連鎖」の過酷な分離と結合のなかで積みに積みあげられつづけてきた重い重い「存在の苦悩」にその何かを絶えず圧しつぶされながら、なお、そこにいま在ることになったのだ。おお、暗黒のなかの大暗黒の果てからついに到達したところの「自己存在」! そして、いいかな、より怖ろしいことは、「何が私であるのか」という真の問いは、まぎれもなくここからこそはじまるのだ! 》 79-80頁

《  おお、俺自身の「全体」! 》 80頁

《 「あっは、これこそが俺自身なのか!」
   と、思わず俺は夢のなかで叫んだ。
  「そうさ、これがお前つまり俺の携えつづけている俺自身さ……。」 》 84頁
 俺と俺自身の問答が延々と続く。そして。

《 おお、永劫の「存在の罠」にかかった哀れな自殺者よ。 》 108頁

《 おお、自殺者よ! 私こそはほかならぬ怖ろしい酷薄残虐無残な私自身の部分であること発見したお前は、私が私自身であることは、「生の悲哀」の上でも「存在の苦悩」の中でもなく、ひたすら「自己存在すること不快」のなかに押し潰されてのみあることをこそ知った筈だ。おお、無自覚無能な「自己存在者」でありつづけてはならない。 》 108-109頁

《 おお、俺は俺であって、俺でなく、自にして他、そして、個存在であって、しかもまた、全存在なのだ。つまり、いいかな、単独者で他者で全体者であるものこそが、いま、お前達の前にいるのだ。 》 109頁

『死霊 七章《最後の審判》』二(閑人亭日録)

 弾劾はサッカ(釈迦)へ向けられる。そして。

《 おお、イエスに食われてイエスとなったガリラヤ湖の大きな魚よ、「説きおおせなかった」釈迦をこそ弾劾すべきであった小さなチーナカ豆よ、「死のなかの生」から生物史はじめて不毛の荒地の高い枯れた樹へと向って自ら這い出すべき胎児よ、聞いているかな。 》 78頁

《  おお、もう一度よーく聞いてくれ。君も、君達のすべても、いいかな、こうまず自らに問わねばならない。
  「何が私であるのか。」……と。 》 78頁

『死霊 七章《最後の審判》』(閑人亭日録)

 埴谷雄高『死霊 七章《最後の審判》』講談社 一九八四年一一月二六日 第一刷発行、前半を読んだ。復活したイエスへの弾劾が延々と述べられる。

《 いいかなイエス、死を怖れて、新しい生へと『復活』したところのそのお前がまだ飢えつづけて、まず真っ先の振る舞いとして、焼き魚を口にいれたとき、食われる魚の悲哀、そして『復活』してまでもなお「食わざるを得ない生」の底もない悲哀を──嘗て、「ひとの生くるはパンのみに由るにあらず、神の口より出ずるすべての言葉による」と荒野でいみじくも述べたお前が、それらの深い悲哀の一片だにしなかったのは驚くべきことだ。 》 48頁

 続いてサッカ(釈迦)へ弾劾は向けられる。疲れたあ。明日へつづく。

『死霊 六章《愁いの王》』(閑人亭日録)

 一日冷たい雨。埴谷雄高『死霊 六章《愁いの王》』講談社一九八一年九月八日 第一刷発行を読んだ。深い夜の場面から一転、晩夏の海に近い河に浮かぶボートでの出来事が綴られる。間奏曲のよう。

和のミニマルアート(閑人亭日録)

 晴天。風が少し強い。冷たい。洗濯物を慎重に干す。回復途上の身。しみじみ。二週間ぶりに掃除機を使う。ゆっくり動かす。和室の二部屋だけで終了。珈琲で一休み。床の間に掛けてあるA4版の厚板の下半分を藍染めの液に漬けた作品を鑑賞。藍染めの試作に使われたモノだが、二年余り前、和のミニマルアートと直観。臙脂色の天鵞絨(ビロード)をマットにして、一段と映える。藍染め液と厚板との境目の微かな揺れが効く。あまりにもさり気ないゆえに見逃す人は見逃す。気づく人は気づく。鑑賞者によって作品は生きてくる。縄文の対極にあるとも言える。熱く論じたいが、力不足。今は休養

『風一つ』(閑人亭日録)

 冷たい雨の一日。ぼんやりと過ごす。病院では無為にすごすことがつらかったが、自宅ではそんなことはない。狭い書庫で三方を本に囲まれて背文字を読んでいるだけでこころが和む。・・・しかし、探している本が見つからない。小体なライト・ヴァースのアンソロジー本。第一集はあるけれど、つづく二集、三集がない。お手上げ。ライト・ヴァースを軽業詩と訳したのは詩人の藤富保男だったな。藤富保男詩集『風一つ』思潮社一九七四年八月一日発行を棚から抜く。開く。どれも短い詩。「44」。

《  道がまがりくねっている
   ことは自然におかしい
   しぼんだ頭をかかえて
   丸い風の中を
   突っぱしった   》