『江戸にフランス革命を!』(閑人亭日録)

 昨日引用した橋本治の「解説」の前の文章を。下村槐太の句「河べりに自転車の空北斎忌」について。

《 私が見た「絵」は、朱紅の空を背景にして高くそそり立つ、暗い河原の土手である。その上に頑丈な荷台を持つ自転車が一台立っている。人の姿はなくて、向こうから 差しつける光を受けた銀色のスポークが光っている。空が錆びた朱紅の色なのは、夕焼けではなくて、北斎の描いた赤富士が巨大化して、一面の空になっているからである。 だから、そこには一片の雲もない。ただ朱紅の空だけがあって、銀色のスポークを光らせる暗い自転車の影だけがある。その壮大にして残酷な悲しみが、すごいと思った。  》 244-245頁

 そして昨日引用の
《 日本画と洋画を問わず、私は明治以降の日本の近代絵画にかなりの不満を抱いていて、「それ以前の日本絵画の伝統は、どうして近代を開花させてくれなかったのだろう 」と思っている。 》
 はどういうことだろう、と考え込んだ。彼の『江戸にフランス革命を!』青土社1989年初版収録、「安治と国芳──最初の詩人と最後の職人」を読んだ。

《 江戸の風景画というのは、実のところ”風景画”であるよりも、そこ人間がいる”情景画””光景画”である。人間のいない純然たる風景画というのは、そうそう江戸の 浮世絵版画にはないものだ。どの作品にも大概”人物”がいて、その人間達がいずれも軽微なドラマを演じている。 》 356頁

《 江戸というのは、大人が取り仕切る制度社会である。人間はすべてどこかに所属した”社会の一員”で、ここには他から隔絶した”個人”とか、その人間の持つ”心理” というものは存在しない。 》 359頁

《 ”絵になる・絵にならない”という言葉の存在を考えれば分かるけれども、前近代の日本には、”ありのままを絵とする”なぞという考え方はないのだ。 》 258頁

《 フランス絵画のアカデミズムとは、日本で置き換えれば、殿様のお城の障壁画を描く狩野派・土佐派である。(中略)フランスには「女神が裸であってもかまわない」と いう思想がある。そして日本には「裸の女の絵が公式の場に存在する」という制度がない。そして勿論、日本には浮世絵という、いくらでも女の裸を公然と描いている 絵師があるが、しかしフランスにはそういうものがなかった。だから、有名なマネの『草上の昼食』というスキャンダルが存在する。 》 365頁

《 フランスあるいはヨーロッパ人にとって”見たままを描く”というのは”個人の印象”をよしとするか否かの”思想の問題”だが、日本の場合は”技法の問題”である。  》 366頁

《  日本では、かつての本派絵師達が”近代日本画”という、新しい何か──それは多分”新しい”という思想だろう──に仕える、新しいアカデミズムを始め、洋画と いう新しいアカデミズムを西洋から導入する。日本の画家達にとって”見たままを描く”ということは、”見たまま描いてあるように見える西洋画の技法をマスターすること” なのだから。(中略)
  しかし、その日本にはないものが一つだけある。「一体この画家はどう見たのか?」という、画家の思想を問題にする土壌がないということだ。問題にされるのは、 「この画家はどう描いたのか?」という技法だ。 》 366-367頁

 慧眼だ。今まで読んできた美術史本は何だったのか。

 阪神淡路大震災から二十五年。当時店の仕込みを終え、朝食でテレビをつけて驚いた。街が煙をあげて燃えている・・・。釘付け。数日後、水、食料など救援物資を送る 手伝いをした。店をやっていたため、同行はできなかった。

 ネット、うろうろ。

《 Moving Statues “Ali and Nino” 》 Engineering
  https://twitter.com/engineeringvids/status/1217506127174225920

《 『1時間労働(1時間の秒針の音に合わせて1秒ひとつの○を漏らさず書き取り続ける)』というドローイングというか日課には、『抽象的人間労働(写真は部分拡大)』 って別バージョンがあって、こっちは1秒につき1ストロークの自由線を任意の場所に足していくのだが、1時間労働より遥かにきつい 》 長谷川 維雄
  https://twitter.com/hasegawa_fusao/status/1217536179685343232

《  2019年は「あいちトリエンナーレ2019」を通して、津田大介がいわゆる北川フラムモデルではない国際芸術祭のあり方を示した記憶されるべき年だ。 オリンピックイヤーである2020年は、札幌国際芸術祭2020、さいたま国際芸術祭2020、ヨコハマトリエンナーレ2020と大規模な芸術祭が続く。芸術祭という形式が 日本においてどのように機能するかが真の意味で試されている。/ 沈んだ戦艦「秋津洲」は2020年にどうつながるのか? 小田原のどか評「柳幸典展」 》 美術手帳
  https://bijutsutecho.com/magazine/review/21175

《 卒業制作で、なんらかの賞をもらった方は、オジサンオバサンの基準で評価されたことに危惧を懐いてください。なにも受賞しなかった方は、 教員たちにおもねたレベルの研究・制作を、しなかったことについて誇ってよいのです。 》 中島 智
  https://twitter.com/nakashima001/status/1218084415630241792

《 ラジオ聞いてたら外国人には「汁」という漢字が人気、十字架が光ってるみたいに見えるからって言ってた 》 おでん
  https://twitter.com/owaruchannel/status/1217943876264054784

『百句燦燦』(閑人亭日録)

 眼の届くところに面陳で置いてある塚本邦雄『百句燦燦』講談社文芸文庫2009年3刷を手にする。加藤郁乎(いくや)「あヽ 亜麻色の初花のともぐひ」について。

《 作品は智慧競べを挑むことはあつても生半可な挨拶など決して迎へはしない。 》 161頁

 と書く著者は壮絶な解釈を弄し、その結び。

《 そしてこれも亦無用のわざ、虚心にこの一句を口遊(くちずさ)み、窈窕(ようちょう)たる色と匂ひを感じるならそれ以上の深入りはむしろ禁物なのだ。(中略) 合鍵探しに奔走するてあひは得てしてその恩寵にはあづかれぬものであり、私もその一人に過ぎないだらう。 》 162頁

 解説で橋本治は書く。

《  まことに愚かな問いである。しかし、翻ってみれば、私自身は短歌や俳句に、いつも「絵」を見ていたのだ。
  作者の心理や心情などは、どうでもいい。まず「絵」が浮かび上がって来るように思う。「絵」が見えず、いきなり「作者の生の声」が聞こえて来るようなものは、 つまらないと思う。そういうものは、表現の奥に隠されてあるべきだと思った。ストレートな声が聞こえて来るのなら、それは「ストレートな声を聞かせるように 仕組まれた表現」であってしかるべきだと思っていた。 》 245頁

《  『百句燦燦』は、私にとって、「文字で書かれた百点の近代絵画集」である。「現代絵画」ではない。
  日本画と洋画を問わず、私は明治以降の日本の近代絵画にかなりの不満を抱いていて、「それ以前の日本絵画の伝統は、どうして近代を開花させてくれなかった のだろう」と思っている。(中略)『百句燦燦』に登場する句は、そういう意味で、すべてが「描かれなかった絵画達」である。それが描かれていたなら、日本の近代は もっと違ったものになっていただろう。 》 248頁

《 絵画が豊かな物語性を宿すものであるならば、『百句燦燦』はまた、見事に完結した百の短篇小説集である。だから、「すごい」と思うしかない。なぜならば、 その完結は、《ただ一度限り決して繰り返しての使用は許されぬ。》を実現してしまったものだからである。 》 250頁

 一昨日の谷川渥『形象と時間』からの引用をあらためて記す。

《 さて、このような激しい過去否定と、現在や瞬間、速度や力動性の称揚とにおいて、「物語的時間」はどのようなありようを示しているのだろうか。 》

 内外を問わず、前世紀の音楽(レコード、CD、カセットテープ)を聴いているが、世紀を越えられない音楽がずいぶんあることに気づく。発表(発売)当時は 良かったが、賞味期限が切れてしまったものたち。美術でも小説でも同じことだけど。私は・・・賞味期限切れ、だろうか。前世紀あるいは昭和の生きた化石かな。

 ネット、うろうろ。

《 渋谷駅、難所w 》 吉田戦車
  https://twitter.com/yojizen/status/1217637692755701761

《 由比の東海道線と国道1号にある旧防波堤。かつては鉄道際が海岸線だったのに、いまでは横に国道、更に横の海際と言うか海岸線上を通る東名高速。 所々切り込まれてるけど、古くの鉄路を守った石積防波堤が残ってるのはいいね。 》 あづさ2号
  https://twitter.com/adusa2gou/status/1217336064144076801

《 お金の話をすると汚いとか何とか言う人がいるけど、人に労力を使ってもらうなら、一番大事なのは、そこじゃないかな? 》 マキエマキ@自撮り熟女
  https://twitter.com/makiemaki50/status/1217673905797615616

《 さっき美術における本質主義について質問いただいたので、どうせだからここにも書きます。この場合の意味に限定すると、「芸術は美を追求するもの」 「子供らしい絵」「写真は真実を写すもの」「マンガは日本人の心」などが本質主義的な物言いの例です。終わり。 》 松下哲也
  https://twitter.com/pinetree1981/status/1217682123470991361

《 安倍政権が反対を無視して強行した消費増税で日本経済はズタズタ。増税による増収分を超える予算を注ぎ込んだ破天荒な「対策」は、6割の店舗が「効果なし」と 答え、前回増税時を上回る消費の激減で2兆円がドブに捨てられた。そして企業倒産は遂にリーマン以来の増加。これは政治が生み出した官製不況。 》 異邦人
  https://twitter.com/Narodovlastiye/status/1217395450262609920

《 中畑流万能川柳が粒揃いです。「森加計と同じ根っこの桜(はな)が咲く」「賭けますかカジノ議員の白黒に」「総理枠ないんだろうね聖火リレー」 「公文書木簡いまだ残ってる」「桜など見て見ぬ振りのNHK」「大塚の娘ヤマダに嫁入りし」「アフガンの英雄にこそ栄誉賞」まだまだあり、詳しくは毎日新聞で。 》  立川談四楼
  https://twitter.com/Dgoutokuji/status/1217658897210564608

《 思うんだが、自公政権を選挙で倒すにはどうすればいいかについての、評論家の感想とかじゃなくて、データを元にした「学問的研究」が必要なんじゃないだろうか。 しかし外部資金は取れないだろうから、大学の個人研究費を複数で持ち寄ってやるしかないかな。 》 森岡正博
  https://twitter.com/Sukuitohananika/status/1217663091036475392

《 テレ東が“大事件でもアニメ”の理由、公式説明に反響 》 ナリナリドットコム
  https://www.narinari.com/Nd/20200157961.html

坪内祐三 篠田昌己 (閑人亭日録)

 「坪内祐三さん死去 61歳」。絶句。読もうと思っていた神藏良子『たまもの』ちくま文庫2018年初版を開く。二枚目の写真が「坪内祐三 河田町T病院 2000年12月2日 」。ベッドに仰向けで、まさしく病人、虚ろな目。

《 二〇〇〇年十二月二十八日
   T病院にむかう駅から近道の階段を登っていたら、階段に自分の影が映っていて「あ、」思った。坪ちゃんを見舞いに行っているT病院は荒木陽子さんが入院して 亡くなった病院だった。荒木さんがこぶしの花を手に登って行ったのはこの石段だったのか。 》 300頁

《 淋しくなるわたしに反比例するように坪内は書下ろし大作『靖国』を完成させて意気揚々としていた。 》 115頁

 坪内祐三靖国』新潮社1999年初版を本棚から取り出す。再読しようと思っていた本。実に印象深かった。『文庫本福袋』文春文庫2007年初版にはいくつもの付箋。付箋は 貼っていないが、鶯亭金升(おうてい・きんしょう)『明治のおもかげ』岩波文庫が紹介されている。山口昌男の三部作に登場する人物。参った。『一九七二 「はじまりの おわり」と「おわりのはじまり」』文春文庫もじつに鮮やかな切り口に感嘆。以後1972年という表象が常に頭に浮かぶ。おっと忘れるところだった。『坪内祐三[編集] 明治の文学 第11巻 内田魯庵筑摩書房2001年初版だ。坪内祐三[編集]。合掌。

 きょうも朝からCDを聴きなおす。篠田昌己『コンポステラ』puff up 1990年。小玉和文のライナーノートから。

《 篠田昌己は1958年東京生まれの、笑顔の印象的な音楽家である。 》

 名盤だ。もう一つの二枚組CDアルバム『TOKYO CHINDON vol1 』puff up 1992年。長谷川宣伝社楽士 篠田昌己の「はじめに」冒頭。

《 「東京チンドン」というタイトルのこのCDは、長谷川宣伝社および高田宣伝社、いつも一緒に仕事をさせていただいた多くの協力のもとに、2年がかりでようやく 完成した作品です。 》

 名盤だ。何を根拠に名盤と呼ぶか。古臭くならない、常に新鮮(と断言できるもの)。美術作品も同じ。
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AF%A0%E7%94%B0%E6%98%8C%E5%B7%B2
 坪内祐三と同じ1958年生まれ。1958年は才能のある人が輩出している印象。篠田昌己もたしか心臓発作。早過ぎた死。

 アダチ宣伝社『楽しいチンドン むかしのうた』キングレコード2002年を聴く。安達ひでや『笑う門にはチンドン屋石風社2005年初版付録CDを聴く。チンドン漬け。
  http://www7b.biglobe.ne.jp/~adasen/

 午後、買いものに出たところ、向かいの歩道に人が倒れていて、自転車のそばに立つ人が電話している。歩道で衝突したらしい。そのまま去ってしばらく行くと救急車が サイレンを鳴らしてきた。振り返るとその現場で止まった。電気店で電球(LEDじゃない)を買って現場を通ると警官が現場検証中。救急車は止まったまま。再び外出。 スーパーの買い物から帰るとき、救急車は走り去った。ずいぶん時間がかかった。脳力も運動能力も落ちているし、いろいろ考えさせられる事故だ。

 ネット、うろうろ。

《 杉作J太郎さんのラジオ。杉作さん、内藤誠監督と坪内祐三さんで、洲之内徹を映画にする話をしていたと。 》 TKO
  https://twitter.com/taitaism/status/1217028049482346496

 何度も読み返したくなる洲之内徹の本。なんでだろう。

《 王将行ったら隣のカウンター席座ったOLが『餃子18個。あとビール』て言って、目を閉じ、腕を組んで静かに待っていた。またここになりてぇ女リストが 追加されてしまったな...。 》 小田急
  https://twitter.com/odakyusendayo/status/1217050275086663681

 王将、行くかな。しかし、どこにある・・・。

《 本日、東京高等裁判所第20民事部で、#不当懲戒請求 に関する判決がありました。裁判所は、懲戒請求者に対し、それぞれ11万円の支払いを命じました。 今回の懲戒請求は私へのものも、北先生へのものも、いずれも不法行為に当たるとして、それぞれ単独不法行為が成立することを判示しています。 》 ささきりょう
  https://twitter.com/ssk_ryo/status/1217344491838820352

《  桜を見る会
  菅官房長官「2011年と12年に記載すべきところをしてなかった。それを引き継いだ。民主党政権ですけど」
  山井和則議員「2011年は【東日本大震災】、2012年は【北朝鮮のミサイル発射予告】の対応で桜を見る会は行われなかった」

  もうさ。
  言い訳が見苦しいよ、菅。  》 にゃん吉
  https://twitter.com/nyankichi_uiy/status/1217086472756420610

《 クモに様々なドラッグを与えた結果、カフェインが一番無秩序。仕事中にコーヒーたくさん飲むのはどうなのかと考えさせられる。 》 山田英春
  https://twitter.com/lithosgraphics/status/1217284398594150402

《 #ストーリーオブマイライフわたしの若草物語よりダサい邦題選手権

  邦題)死霊の盆踊り
  原題)Orgy of the Dead  》 たかやん
  https://twitter.com/taaaakk4444/status/1217269780945633280

『サモトラケのニケ』(閑人亭日録)

  読了した本はほどなく本棚などへ戻すものだが、谷川渥『形象と時間』講談社学術文庫1998年初版だけはいまだに目の届くところにある。そして表紙の彫刻 『サモトラケのニケ』を見る。
 http://musee.louvre.fr/oal/victoiredesamothraceJP/victoiredesamothrace_acc_ja_JP.html
 まるでミューズのよう。この像からさまざまな問題意識が浮かぶからだろう。年を越して気になってる『形象と時間』の一節。

《 さて、このような激しい過去否定と、現在や瞬間、速度や力動性の称揚とにおいて、「物語的時間」はどのようなありようを示しているのだろうか。確かに、 《サモトラケのニケ》におけるような、「特権的瞬間」の表現を支える物語的時間は、未来派作品には見られないといっていいだろう。 》 263頁

《 「普遍的なダイナミズムにおけるある固定された瞬間」とは、まさにあの「特権的瞬間」、《サモトラケのニケ》に典型的なかたちで表現された「カイロス」としての 瞬間以外のなにものでもない。 》 264頁

《  未来派デュシャンも、いずれにせよ物語的言説の過剰によって特徴づけられる。そのことは、かえって作品を支える物語的時間性の危機をあらわしている。しかし それにしても彼らの作品は独自の表象世界を有し、したがって語られる時間と語る時間とをなおともに存立させるのである。
  だが、たとえばリオタールが「ポスト・モダンな芸術家」としてみずからの言説の対象にしたアルベール・エームや、あるいは崇高とアヴァンギャルドとを同時に 語らしめる理論的モデルを求めようとしたバーネット・ニューマンの場合、作品はもはやいかなる出来事をも表象しはしない。そこでは作品自体がいわばひとつの出来事 なのである。換言すれば、作品はただそこに現前するだけで、指向的世界についてなにごとも語りはしない。彼らの作品は、「謎」ですらない。(中略)しかしただ 視覚的出来事たる作品は、ひたすら感覚されることだけを望む。そこにはもとより物語的時間性の介入する余地はありえない。 》 269-270頁

 ここからポスト・モダンが論じられていくのだけれど、私にはこの一節が深く印象付けられた。
  https://k-bijutukan.hatenablog.com/entry/2019/12/05/191628
 アルベール・エームは知らないが、バーネット・ニューマンは知っている。
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3
 ウィキでも記述されているが、「アンナの光」(DIC川村記念美術館)がアメリカ人に百億円超の値段で売却された。     https://matome.naver.jp/odai/2133688564260969501/2138097124341778603
 あんなもの邪魔なだけだろう。高く売れてよかったな。あれを「崇高」云々と言辞を弄ぶ美術評論家を、私はうさん臭く思っていた。この箇所は、我が意を得たりだった。 第二次大戦後の美術史はどのように語られるのか。アート・ビジネスの力学に追従、翻弄されない見識を求める。芸術作品の価値は、売却値段とは別の次元の価値であるべき と私が吠えても・・・。でも吠える。
 「物語的時間性」。この用語にシビレル。身勝手に私的に利用すれば、美術作品に対する私の価値判断は「物語的時間性」に拠っている、と言える。直観とか直感とか言う 前に、その作品に「物語的時間性」を感じ取れるかどうか、でまず判断される。人物画であれ静物画であれ風景画であれ抽象画であれ、「物語的時間性」を感じ取れるか、で 私の第一の判断はなされる。まあ、単純なな印象判断とも言えよう。けれども知識、経験、直観の混成が、「物語的時間性」を判断する基になっている。技術論は二義的。 これがワタクシ流の判断。
 北一明の茶碗に対する社会学鶴見和子の言葉にうなずく。

《 一碗を通じて人類の歴史を透視する。 》

 朝、源兵衛川中流、三石神社横の茶碗のカケラ、ガラス片を拾う。ずいぶん重くなり、ほぼ回収したので作業を終了。帰宅。一汗。ふう。下着を着替える。
 午後、布団で一休み。ふと携帯を見ると「1月14日 14:44」。
 内田魯庵魯庵日記」講談社文芸文庫1998年初版が目に留まったので手にする。贋物の話が面白い。明治四十三~四十四年。

《 〇贋物を作るにも資本がかヽる。(渡辺)省亭に(菊池)容斎の贋物を書いて貰うと五百円から千円も取られるそうだ。贋物の方が高いかも知れぬ。高が十円や二十円の ものヽ贋物を作ってはそろばんが取れぬわけだ。 》 159頁

《 〇尤も日本の画かきで贋物を作らぬものは無いそうである。足利の田崎草雲など今でこそ一部の人々には画聖のように拝められてるが、本とは贋物作りの名人である そうな。(菊池)容斎なども随分贋物をを作った事があるそうだ。戸田玉秀という男も(大八木)他香と一対の(谷)文晁の贋物師である。 》 161頁

《 考古学や芸術史研究家は別として趣味の為に骨董器玩を翫賞するだけなら自分の趣味を満足させれば足りるので、鑑定家の説など聞くには及ばぬ。 》 164頁

 ネット、うろうろ。

《  ナシーム・ニコラス・タレブの『身銭を切れ』(ダイヤモンド社)の
  「起こることのすべてが、理由があって起こるわけではない。だが、生き残るものはすべて、理由があって生き残る」
  という言葉を重ねあわせると、古典の魅力が良くわかる。古典は世界が若かったときの考えであり、長く生き延びてきた。 》 ヤギワタル
  https://twitter.com/yagiwataru/status/1216891583699664896

《 かなり衝撃を受けたが、共産党の田村智子議員が「桜を見る会」を取り上げた後、安倍首相が衆議院に「1回たりとも」出てきていないという唾棄すべき背信行為を、 全く知らない人が多い。222日に及ぶ昨年の「自民党の審議拒否」といい、国会が骨抜きにされている事実を主権者が知らないのは恐ろしい。 》 異邦人
  https://twitter.com/Narodovlastiye/status/1216738318148177920

《  うんざりするほど、今この国は嘘、嘘、全てが嘘と偽りで塗り固められている。
  ここまで来たら、騙されているのが滑稽に思えるぐらいまるで漫画の世界だけどこれが現実の世界だから笑えない。

  勇気を出して、まっすぐに正直に誠実に生きる事の尊さをしみじみ思う。 》 星に願いを
  https://twitter.com/yumurakami1230/status/1216648153459384322

新着CDプレーヤー試聴(閑人亭日録)

 届いたCDプレーヤー、同じ価格帯の後継機、DENON「DCD-800NE」をセッティング。ただ据え置くだけでなく、四隅の足の下にはブチルゴム、テフロンシートで 自作した防振装置を挟み込む。上には鉛棒、ブチルゴム、テフロンシートで自作した重しを乗せる。別売品の接続コードを繋ぐ。そして試聴。おお、より鮮明な音、 重心が低く安定、音質が向上している。瑞々しく一新されている。希望小売価格6万円だけれど、安く買えてこれだけよくなるとは。いろいろなCDをかけてしまう。 しあわせ~。安上りのジジイだ。昼までひたすらCD漬け。
 昼過ぎ、今年初の源兵衛川をお散歩。ヒメツルソバを見つけてしまう。長靴に履き替え、中流部三石神社~水の苑緑地のヒメツルソバを駆除。土のう袋三分の一ほど。 やれやれ。汗ばむ。しばし休んで三時のコーヒー。旨い。そしてCD。まずはファドの女王アマリア・ロドリゲス。ジャズ、セネガル、旧ユーゴスラビア・・・。 じつに芳醇な音像。弾む。参ったなあ。止まらない。もう戻れない。

 ネット、うろうろ。

《 動画見ていると、めちゃくちゃ文鳥ほしくなる。 》 古書現世
  https://twitter.com/wamezo/status/1216371786113118208

 友だちのインコ、私が呼ぶと口元に飛んできて口の中をのぞく。おいおい噛んじゃうよ~。電話するとスマホにも乗ってくるとか。かわいい。

《 とにかく、歴史に残る作品が出来るか否か!?一作家が生涯を賭けて作陶して、ひとつかふたつの名品が出来るか否かの挑戦が今までの陶芸の歴史だったと思うので、 それを本質的にやっていけたら本望なんじゃないか!?と僕は思います、 》 takashi murakami
  https://twitter.com/takashipom/status/1216361575990169600

 北一明。

《  どうせ誰も、自分のことなど助けてくれない。
  そう思う人を社会の中に取り残しておくことは、その人にとっても、社会にとっても、不幸だ。
  暴力が連鎖するのとは反対に、支援を通した生きなおしは連鎖的に展開できるのだということを、映画「ライファーズ」は教えてくれる。 》 上西充子
  https://twitter.com/mu0283/status/1216513376798380033

《  自衛隊が4年連続の定員割れ、1万7000名が合格するも来たのは7000名 「定員に対して実員が1万3000人くらい不足」 | 情報速報ドットコム

  貧困家庭に「照準」を合わせる契機にならなければいいが、、

  望まない海外派兵に行かされる事態だけは避けたい 》 うさみ正記
  https://twitter.com/usami_masaki/status/1215841176995000321

《 「人が負けたカネを原資に発展なんて発想が間違ってる」と誰も言わないのか、賄賂を貰う議員が膨れ上がっても政府はIR路線をひた走る。辺野古の埋め立ても 止まらない。デモや抗議、県民投票の結果をも無視し、強行を続ける。どちらも利権が見え見えなのに歯止めがかからない。いつ泥濘に日が差すのか? 》  立川談四楼
  https://twitter.com/Dgoutokuji/status/1216205413579808768

《 これのどこがアンダーコントロールだよ! 現場見てからモノ言えや! 》 鈴木邦弘
   https://twitter.com/SZKN29/status/1215827742517678080

《 「桜を見る会」で安倍首相の説明は「不十分」だとした層は86%と圧倒的ですが、ここに衝撃の事実を紹介しない訳にはいきません。何と、安倍首相は「桜を見る会」 の腐敗が共産党・田村智子議員によって取り上げられた後、何と衆議院には「一回も」出てきていません。 》 異邦人
  https://twitter.com/Narodovlastiye/status/1216324957593976832

《 東京都交通局は、その物体がイスでなくて一体何なのかということについては沈黙をつらぬいた。老いた男も、若い女も、都民はみな、腰掛けもせず・重たい荷物を 置きもせず、その前を影のようにただ行き交った。東京が滅びてさらに幾世紀か過ぎたころ、考古学者たちはついにこの物体をイスと結論づけた 》 kei iwata
  https://twitter.com/ii_tawake/status/1215789669851582466

《 ネトウヨの自覚はあるんだな、あの人たち。 》 北野勇作
  https://twitter.com/yuusakukitano/status/1216599091129417728

《 今日のプラカ大賞。 》 ソウル・フラワー・ユニオン
  https://twitter.com/soulflowerunion/status/1216405648839041024

木葉井悦子さんたちの手紙(閑人亭日録)

 1988年かな、種村季弘氏から未知の画家木葉井悦子さんの個展案内が届いた。銀座の画廊春秋へ。一通り絵を拝見し、画家に感想を述べた。「病み上がりの絵ですね」。 木葉井さんはえらく喜んだ。以来お付き合いが始まった。中野駅南口にあった中野虹画廊の個展では『おんまえのこうはい』を購入。
  http://web.thn.jp/kbi/kibai.htm
  http://web.thn.jp/kbi/kibai2.htm
 1993年かな、吉祥寺北口にあったトムズ・ボックスの個展で、壁の一番下の左端にあった『どんづき』を購入。「売りたくないので一番下の角にしたの」と言われた。 そのときには杖をついていらした。病気が進行していたようだ。
  http://web.thn.jp/kbi/kibai1.htm
 三十年も前のこと、記憶が曖昧。でも今書いておかないと忘れてしまう。ここまで書いて、なんか資料がないかな、と天袋を開けて「手紙」と書かれた段ボール箱を 下ろして開封。あれま、古い手紙が大型封筒に個人別に分類、整理されている。すっかり忘れていた。何年か前、溜まりに溜まった葉書手紙類を整理した。不要な手紙は 処分した。著述業や芸術家からのものはきっちり保管していた、とは。中野虹画廊の個展葉書もある。1989年6月3日~15日。種村氏からの画廊春秋の個展の案内封書もある。 1988年2月22日~3月5日。種村さんが長めの推薦文を書いている。これじゃあ行くしかなかったな。故つりたくにこさんからの私信もあるある。蘇る記憶・・・は、 ねえなあ。歳々寅年。が、胸が熱くなる。保管してあってよかったわ。多くが亡くなった方からのもの。老後の楽しみが増えたわ(もう前期高齢者じゃ)。これは山口昌男 いうところのネットワーク(交流圏)の一次資料になるのかなあ。そんなことはないよなあ。いや、あるかも。作家たちの私的一側面が見られる、という意味で。 三島という地方にいたからこそ、手紙が使われた。電話やネットではブツとして残らない。

 俳句の加藤郁乎(いくや)氏からの葉書を収めた文箱の底には雑誌(多分『スイング・ジャーナル』)の数センチ四方のレコード広告の切り抜き。中に「Comme a la Radio  Brigitte Fontaine,Areski Avec Art Ensenble of Chicago」。日本盤の『ラジオのように/ブリジット・フォンテーヌ、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ』は当時 よく聴いた。日本盤は1972年の発売のようだ。
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%81%AE%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AB
  https://www.youtube.com/watch?v=XgTdI4S3hns 
 久しぶりにかける。うーん、新鮮。いいわあ。間章(あいだ・あきら)の熱い解説から。

《 あるとき決定的に出会いを持つという音楽の出会いの伝説を決して遠ざけてはいけないし、まさに〈体験〉としか言えない〈私〉と〈音〉との出会いを、〈私〉の内で 〈鮮やか〉にする時を作曲家やテクニックや理論によってしかくくれないとするならば、〈私〉は断固として〈私〉にとっての〈音楽〉について語られないだろう。 》

 私にとって1970年代最強のジャズ・バンドは、東は山下洋輔トリオ、西はアート・アンサンブル・オブ・シカゴだった。そしてそれを頂点にワールド・ミュージックへと 興味が移っていった。

 探していた『明治の文学 第11巻 内田魯庵筑摩書房2001年初版が、予想外の場所で見つかる。そんなもんだなあ。江戸川乱歩賞受賞作の某単行本、どこにあるのか ・・・あった。日下圭介『蝶たちは今……』講談社1975年初版。目の前の本棚にあった。全くう。

 ネット、うろうろ。

《  日本で、アート買うと、、、
  ●嫉妬され、そして馬鹿にされて晒し者にされる。
  ●相続する際、税金かかりすぎる。
  ●財団作ってもメリットが薄いどころか煩雑で金かかり過ぎる、からコレクション出来づらい。 》 takashi murakami
  https://twitter.com/takashipom/status/1216111831900516352

《 私財を叩いて、コレクションして、社会と共有しようにも、社会が財を持つ人間を憎むので、コレクションそのものが成立出来ない。だから良作は集めた当人の死の前に、 アート税制の優遇された諸外国へ流れて行って、日本には何にも残らないんだよね。 》 takashi murakami
  https://twitter.com/takashipom/status/1216114006416453632

《 日本は変わらない、変わりたくない。 江戸時代から明治維新があって、太平洋戦争で負けて、なのに他国での戦争景気で湧いて、タナボタ的な僅かな自由が手に入っても、楽(ラク)をして生きて行きたい人間の 同調圧力のネットワーク造りが上手なのと、 》 takashi murakami
  https://twitter.com/takashipom/status/1216115386510266369

《 脅しに弱い人の集まりなので、その網の目から逃れられなくなるんだよね。 》 takashi murakami
  https://twitter.com/takashipom/status/1216115499936841729

《 だけど、そう言う均衡が保たれてるのが、幸福の基準なので、均衡を揺さぶるアートと言う文化は不要なのだ、と言うのが、結論なんだろうね。 》 takashi murakami
  https://twitter.com/takashipom/status/1216116117409632256

《 「イスラームの論理と倫理」中田考・飯山陽 》 晶文社スクラップブック
   http://s-scrap.com/3591

 すんげえ複雑怪奇ということがわかる。

《 香川県の粟島を散策してると突如「ブラジャー観音」という立て札をみつけ何ぞ…?と思って見に行ったときの気持ちです。 》  階段巡りツイッター
  https://twitter.com/kaidanmeguri/status/1216008302313668609

《 エロビデオを700本くらい見たとき、服を着てても人の裸が透けて見えるような錯覚が起きる時があった。
  麻雀でいうところのガン牌。あのとき、おれは生まれて初めて道を極めたと思った。 》 のぐを
  https://twitter.com/nogyuwo/status/1215602479502524416

《 牌の道ではなくてはパイの道ですかw 》

「 11/111」(閑人亭日録)

 111ぞろ目の日。故・木葉井悦子さんの画集『うみはぎなみほどき』トムズボックス1993年11月1日限定111部刊行のうち、11番の本を開く。吉祥寺北口にあった小さな店 トムズボックスで購入。副題「一九八六年三月二九日 - 一九八七年四月一七日」。全編細かいペン画。殆どの絵が異界の生物(動物、植物)の生々流転を描いていると 思える。脅威ではないが驚異の異形の世界。いや、脅威かも知れない。なぜなら自身、まだ全編をまともに見ていないから。一頁一頁の絵があまりにも異様で、かつ威容。 圧し潰されそうな予感を抱き、少し見て本を閉じる。そうして四半世紀余が過ぎた。やっと耐えられるようになった(気がする)。これをアウトサイダー・アートとは 呼びたくない。
 見返しに鉛筆画と鉛筆で「平成元年二月三日 木葉井エツ」と記された木葉井さんから恵まれた画集『耳界』たざわ書房1979年が、この『うみはぎなみほどき』に先行する 画集と言えよう。付された肉筆文から。

《 この中の作品を描いていた頃は、ある意味でギリギリの きんちょうの中に居たのを思い出します。そして今又、別の もっとひらけた 意味での きんちょうが、 高かまりつつあるのを感じて います / 17 Feb. '89  》

 その作品は、『漫画集 かざはなせんによゆらい図』トムズボックス1989年6月1日発行なのだろうか。画集ではなく漫画集。自由自在、天衣無縫。解放感あふれる絵。 私には夢魔のような『うみはぎなみほどき』を抜けてこの漫画界へ。存在論的転回とも言えるだろう。遺作を収蔵している軽井沢絵本の森美術館には『うみはぎなみほどき』 『かざはなせんによゆらい図』は収蔵されていないようだ。
  http://web.thn.jp/kbi/kibaib.htm
  http://museen.org/ehon/document/

 朝、昨日知人女性から相談を受けた案件を相手方と話して納得の解決。論点がかみ合わないと誤解が尾を引いて問題がこじれる。双方満足。やれやれ。帰宅。コーヒーが 旨い。アタワルパ・ユパンキのベスト盤CDを久しぶりに聴く。冬の曇天にしみじみ。
  https://www.youtube.com/watch?v=w9g9jvZ4yJ0
 うれしい案内葉書。朝日智雄コレクション「近代文学を彩る口絵」太田記念美術館で二月十五日~三月二十二日。地元佐野美術館で九月五日から開催。いよいよ 明治後半の木版画が注目を浴びてきた。
  http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/exhibition/kiyokata-eiho
  http://web.thn.jp/kbi/kutiee.htm

 ネット、うろうろ。

《  浅田 トリエンナーレには「表現の不自由展・その後」だけではない、ほかにも印象的な作品がいろいろあった、その例として、高嶺格豊田市の移転した高校の 使われなくなったプールの底を屹立させた作品を最後にお見せします。これは傑作ですよ。「何だかわからないけれど力づけられる」という人も多いそうだし、 今回の事件で疲れ果てたスタッフが「それでもこれを見たらまたやる気が出る」と言ったりもしたそうで、アートというのはまさにそういうものだと思いますね。 2020年のオリンピックへの前もっての墓碑銘のようでもあるし…

  津田 同時にこの作品は、アーティストが沖縄に行ったことがポイントなので、沖縄の碑とも言える。日本の中で沖縄だけが浮かされていて、中国や韓国との関係の中で 矢面に立たされているとも解釈できる。本当に傑作です。
  https://aichitriennale.jp/artwork/T09b.html /芸術/表現の場は今、いかに可能か 浅田彰×津田大介 》 REALKYOTO
  http://realkyoto.jp/article/asada_tsuda/

《 “伝統技法”は昔から土地に伝わる信仰や規範を守りながらも、化石化することとは真逆の、むしろ生身の身体にウィルスのように宿り、今を生きていることで その層を深めていく。身体の中で熟成する経緯である種の変容を伴い、“伝承”され“発展”していくことは必須のはずだ。/身体が語り得ること 》  北村明子の身体をめぐる日々のあれこれ
  https://ctblog-kitamura.tumblr.com/post/190172799097/%E8%BA%AB%E4%BD%93%E3%81%8C%E8%AA%9E%E3%82%8A%E5%BE%97%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8

《  嫌韓の人は認めたくないだろうが、韓国を困らせてやろうと始めた半導体製造材料の輸出規制(管理)は、結局、韓国の内製化促進、デュポン他外国企業の進出で 日本はドル箱を失い、観光客が大幅に減少、経済に政治を持込む国だと世界から危惧されるなど大きな代償を払って終わった。
  馬鹿な政策だった。 》 俵 才記
  https://twitter.com/nogutiya/status/1215450715872583680

《 経団連の中西会長がふざけたことを言ってます。「日本型雇用は終わった」などという表現で正当化してますが、自分達の保身のために、株主様のための人件費削減を 進めたいだけ。「お前が間違いだ!」と声を大にして言ってあげましょう。これでは国の衰退は止められません。 》 室伏謙一
  https://twitter.com/keipierremulot/status/1215588183049555968

《 青空文庫はある意味では概念的な積ん読であって現在収録作品数が一万五千あるということは常に私たちは一万五千点の積ん読の山とともに生きているという ことなのである……みんなで延々と積ん読を増やす行為……もはや処理しきれない電子の本の山に埋もれている…… 》 大久保ゆう
  https://twitter.com/bsbakery/status/1215290704206819330

《 カジノだの観光だのの水商売で国家運営なんかできねーよ。 》