午前七時 15.4℃。洗濯物を干す。日向ぼっこ・・・・暑い~。もう初夏の気配。正午 22.3℃。
来客の用もないので冬服を収納、夏服を取りだす。夏服、意外と服をもっていたわ。下着も上着も、夏服はこれだけで間に合いそう。オシャレには興味がない後期高齢者。美術、美女には興味が失せない・・・。
先だって購入したフィギュアを載せて回転する台を、日の当たるベランダに置き、北一明の茶盌を載せる。ゆっくり回り、様々に変幻する色彩に魅せられる。内野さんが見に来て、「いいわね~」。
晩、向いの三石神社から祭囃子の練習が聞こえてくる。そんな季節がやって来た。
早、夏日(閑人亭日録)
午前七時 20.2 ℃。寒くない。あたりまえだけど。正午 25.3℃。夏日。異常。
正午に白砂勝敏ギャラリーのオーナー小澤氏来訪。二時間ほど談笑。
https://shirasuna-k.com/gallery-2/museum-shirasuna-fuji/
午後二時 26.4℃。暑いわ。早、暑さバテか、な。いや、お歳・・・。
伝統美を突き抜ける(閑人亭日録)
午前七時 17.3 ℃。雨。
夕方、風雨が強くなる。一日家籠もり。部屋の照明を強くして北一明の油滴天目茶盌を鑑賞。北独自の変幻する光彩。二つの見事な釉垂れ(北の言う乳頭)に息を呑む。一見普通に見えるが、しばらくすると、既成の美を突き抜けた破格の美に気づく。そこが北一明の茶盌の魅力。伝統美への、型破りの美の創出。伝統は革新されなければ衰退する。北の革新を確信する。まあ、陶芸界に不明な後期高齢者の思いあがりかもしれない。なればこそ、北一明を凌駕する焼きものに出合いたい。
降りしきる雨に相応しい?「日本の古本屋メールマガジン 第438号」が届いた。
《 ご無沙汰しています。南陀楼綾繁です。冒頭から景気の悪い描写ですみ
ません。昨年の夏、急に腰が痛くなって、外出もままならなくなり、引き
こもりの生活を送っていました。椎間板ヘルニアだと判明してからは、メ
ンタルも落ち込み、仕事が手に付かない日々でした。と言うわけで、「所
庫拝見」も半年以上休んでしまいました。再開しますので、またお付き合
いをお願いします。 》 南陀楼綾繁
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=27015&utm_source=magazine&utm_medium=email&utm_campaign=20260410&utm_content=article01
「川まち時間」(閑人亭日録)
午前七時 9.2℃。晴れ。
沼津市吉田町の元・吉田温泉(銭湯)を会場にしたイヴェント「川まち時間」(五月一日、二日、三日)のチラシが届く。告知文。
《 かつて、にぎわった旧銭湯に、
いま一度、人が集まる時間
アート、本、音楽、ことば、様々な表現に出会う時間
川まちの、小さな文化の時間です 》
アート、写真、本、ワークショップ、ステージ、喫茶など。
私は五月一日二時半から三十分ほどの「アートの目利き・楽しみ方」共演・内野まゆみ。無料。
まあ、内容は「さもないけれど面白い」で、ジャズ・ライヴのチラシ、ポスター、1970年前後の学生運動華やかりし頃のガリ版刷りのビラ、ポスター(ファイルしてある)などを持っていくつもり。だれも持っていないだろうなあ。古いけれど、実に面白い。他にもいろいろ持って行くつもり。手に取って見てくださあ~い。わざわざ来てくれた観客に贈るささやかなモノも考えている。
映える 刺さる 沼る(閑人亭日録)
午前七時 8.6 ℃。寒の戻り。
萌え。いけめん。かわいい。やばい。これは今世紀初頭には出現していた新語だろう。四方田戌彦『「かわいい」論』ちくま新書が2006年に出て読んだ。内容は忘れた。私は研究者ではないから、起源の探索はしない。
最近耳にする新語は、あざい、刺さる、沼る、映(ば)える、むずい、こだわり・・・などなど。こだわりは、本来の意味が逆転している。上記やばいも、意味あいが変化している。言葉は時代とともに変化するが、現在は変化があまりに激しくて、仲間内で通じる隠語と同じ印象。何年か先には、流行語事典やら隠語辞典、いや日本語変語辞典がネットに開設されているだろう。
なあんて無駄話をして、きょうも北一明の焼きものを鑑賞。老年を迎えると焼き物に関心が向かくのかもしれない、と思ったが、三十歳そこそこで北一明の焼きものに出合ったからなあ。というより、年上の女性から薦められた北一明『ある伝統美への反逆』三一書房書房1982年刊を読んで、陶芸に関心が向いた。副題が「焼きもの伝説訣別の美学」からなあ。表題が反抗ではなく、反逆。副題が伝統ではなく伝説、に惹かれた。
昼前、近所の病院へ。耳垢を除去してもらう。これで耳寄りな情報も入るだろうな。
平穏無事(閑人亭日録)
午前七時 17.2℃。曇天。
洗濯物を屋上で干していると、雲行きが怪しくなり、屋内へ移す。ほどなくして小雨。乾燥器を稼働。
一仕事終えて一息。きょうも座卓上に北一明の盃と菓子盌(?)を置く。鑑賞しながら普通の茶碗で緑茶を味わう。うーん、味わい深い。前期高齢以前は、鑑賞はあまり長続きしなかった。他の焼きものに替えたり、用事を思い出したり、関心は他へ移っていった。後期高齢の今は、腰をいたわり、腰を据えてじっくり鑑賞。変幻する遊色現象をじっと見つめる。これが興趣をそそる。北独自の作風というか、品がある。焼きものをずいぶん見てきたが、他の陶芸家の作品は一点、三代諏訪蘇山の端正な青瓷花生けを購入。青瓷の色調を気に入った。北一明は青瓷を焼成しなかった。面白いものだ。それはさておき、北一明の焼きものにずっと惹かれている。
きょうの東京新聞の運勢、
《 平穏無事の尊さを感ずる。刺激を求めぬが良し 》
そういえば、わざわざ刺激を求めなくなっている。それにしても、北一明の焼きものには、破天荒な突破作品、としか言いようのない突き抜けた魅力と品格がある、と一愛好家は一人思う。
美術 美食(閑人亭日録)
午前七時 17.3℃。晴天。
私は美術愛好家だが、美食家ではない。ただ、自宅で美術作品を鑑賞すると、なぜか飲み物を欲しくなる。コーヒーでも緑茶でも、飲みながら美術作品をじっと鑑賞していたくなる。飲み干すと、もう一杯。しかし、酒、アルコール類は禁止。手先が狂って大事な作品を汚し傷つけてしまう恐れがあるから。ステレオ装置で音楽を聴いていて酒を呑み、手先が狂ってレコードプレーヤーの針を壊してしまったり。音楽を聴くときは、CDプレーヤーに限る。が、それは不調で買い替え時。LPレコードの音質の魅力を再発見。酒を呑まずに聴いている。ま、酒は興味を失って数年、口にしていない。酒の上の不埒なんてことはない。音楽に酔うのみ。では、美術作品に酔うか?と聞かれれば、作品に触発されて酔うことは、まずないが、魅了されて陶然となる。また、深い思索へ惹き込まれたり、記憶の底の深い無意識層を探索するようなことがある。
優れた美術品を見ながら美味しい食事を摂ることがあるだろうか。私には飲み物しか考えられない。人によっては酒を欲するだろが、それは無し。作品に酩酊しても、酒で酩酊してはいけない。な、ことを思っていると、夕飯の時間。野草を調理した小鉢(小碗)は、北一明の黒系の盌。もう一つの茶碗も、北の黒系の茶盌。緑の野草と白米。どちらも盛り付けた食材が鮮やかに映える。味もいい。内野さんに贈った盌が使われているのは何とも感慨深い。と言うのも、北一明の盛り付けは、色の組み合わせが何だかなあ、だった。味は良いけど。
内野さんと沼津駅近くの幅田屋で蕎麦を賞味、その近くの地下にあるフレイバァでコーヒーとケーキを愉しむ。ささやかな旅、これで十分。